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幸せな報復

第4章 畑野勘太郎の通勤

 彼は彼女にようやく声を掛けた。彼女は何も答えてくれなかったが、苦しそうな顔を向けてきた。首が苦しい彼は、彼女の承諾を得られたと都合良く判断し、ネームプレートを探し始めた。うつむく彼女が体を丸めているので彼女より背の高い彼からは胸から下にあるひもが見えない。彼は彼女の胸に手を持って行くと乳房の脇から下あたりにあるひもを指でつまんだ。それからさらにひもをたどって下に手をはわせていく。なるべく彼女の体に触れないように手をはわせていくが、混雑しているから体の部分によってはほぼ隙間がないほど体が接していた。ひもを指でつまみながら体の線に沿って手探りで降りていく。電車がすいていればたやすいことなのだがひもをたどるためのスペースがない。自由に手を動かせない。さらに、彼がひもを指の先でつまむためには手を握る形になる。握りこぶしにして彼女の体を圧迫させながら移動させないと進めない。さきほどから彼女の体をぐりぐり押している。彼女が苦悶の表情をしていたのでかなり痛いと彼は思った。
 彼は額から冷や汗が噴き出していた。手探りでひもをたどっていくと彼女の腰のあたりに到達した。幸いにプレートはお尻に周辺の乗客との間で挟まっていただけだ。
「すみません、プレートがスカートのひだの間に引っ掛かっていたようです」
 そうは言ったが、彼はスカートのひだにどう絡まっているのか予想もつかない。プレートを指でつまみながら上に移動させたり、左に動かしてみたりした。その動きが彼女の尻を丸くなでるように動かす形になった。彼女は下唇を前歯でかみしめていた。
 彼は1分ほど掛けてネームプレートを彼女のスカートから外した。
「ようやく取れました…… すみません」
 そう言ってプレートを握りしめた彼は自分の胸まで移動させた。彼女の胸があったがもう外せたうれしさでそのまま胸をなであげるように右腕を持ち上げた。いつものように胸ポケットに収納したらうれしさがこみ上げてきた。
「いつもはこうしてポケットに入れて乗っていたのですけれど…… うっかり忘れていました…… 申し訳ありませんでした…… あ、あっあーー」
 素っ頓狂な声を上げてしまった彼は一難去ってまた一難と落胆した。

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