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幸せな報復

第8章 卒業研究

 彼女は心中で男に泣きながら叫ぶ。男はそれを無視するように彼女の脳内からふっと消えてしまう。だから、彼女はそのたびに、モヤモヤってするのだ。時間がたつにつれあの男の出現率が高くなっていた。いつしかあの男に頭の中を占領されていっぱいになったとき、自分はどうなってしまうのかと想像すると余計モヤモヤした。
 だからか、彼女はあの中年男の幸せそうな顔を見てあの事件を思い出してしまいイライラを募らせるのが日課になってしまった。
 畑野浩志が目の前にいて、あの中年男と同じ脳天気な笑顔を彼女にあからさまに見せ付けてくる。
「うん、いいでしょ? だれかさんのお陰なんだ……」
「へー そうなの? その人って…… あなたの彼女?」
 恵美は浩志の目を見つめながら、彼の頭にいるだれかさんが彼の頭の中一面に花を咲かせているのだろう、と思った。それに比べ、自分は花どころではない、あのいかがわしい中年男にまた体を触ってもらいたい、と願うようになって、自分の頭がおかしくなってしまったとしか思えなかった。彼女は異常な性癖に変えたあの中年男を許せない、とさえ思い始めている。こうなってしまった元凶である男を見つけ出し、報復したいと思うようになっていた。
「報復なんて…… もう、あたし、あたしじゃない…… 以前のあたし、どこへ行ったの?」
 彼女は心中でそう思いながら幸せそうな目の前の同級生の顔を見つめていた。
 彼女は明日も同じ時間、ホームであの男を捜すことにした。明日が待ち遠しかった。早く今日を終わらせ、明日になれ。あの男は明日もいるはずだ。はやる気持ちが彼女の心のモヤモヤを増幅させた。
 その彼女とは真逆な浩志は恵美を見つめながらこれからも身近に恵美を見られることに幸せを感じていた。彼は悩みのない脳天気な男だった。

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