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幸せな報復

第9章 翌朝

 彼はしゃがんで膝を両手で抱えると小さくなった。彼女が探しているのだろうか。カツカツカツと足音が聞こえてきた。そのまま、階段を駆け下りていってくれ、と彼は願いながら目をつぶった。1分ほど時間が経過しただろうか。彼は丸めていた体を起こしそっと目を開けた。目の前に、彼女が彼と同じ格好でいた。彼と同じようにしゃがんで対峙していた。
「見ーつけた……」
 彼女がにっこり微笑んで言った。彼は心臓が止まるほど驚いた。仁美が目の前にいたからだ。
「きみか? 仁美なのか?」
 彼女の笑顔が消えた。
「だれ? あたしって、もしかして…… その人に似ていたの?」
 女性の言葉の途中で、しゃがんでいた勘太郎は勢いよく立ち上がると一気に階段を駆け下りた。
「ねぇっ、待ってぇー 行かないでぇー」
 後ろから女性の声が聞こえた。彼は階段を駆け下りると改札を出て歩道を無我夢中で駆けた。全力で走ったから直ぐに息切れして3分も走ると失速して歩道の脇にある銀杏の木に手を掛けて根元にゲロを吐いた。昨日から何も食べていなくてはき出すものがなかった。ゼーゼー、大きな呼吸をして苦い胃液が口いっぱいに広がった。
 呼吸が落ち着いてから周囲を見回した。あの女性は追いかけてきていなかった。彼は安堵を込めた深い息をはき出した。彼は二度とあそこの駅は利用できない、と思った。

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