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時給制ラヴァーズ

第1章 1.冗談ではないらしい

 そもそもの発端は、俺の住んでいるアパートが立て替えられるという話だった。
 なんでも上の階で水漏れが発生して大家さんの部屋が水浸しになったとか。それをきっかけに、元々だいぶ老朽化していたアパートを建て替えることにしたらしい。
 一応立ち退き料も出るらしいけれど、古いアパートだった分それも少なく、急な話で移り先を探すのも難しい。
 バイトを増やすにしても限りがあるし、もっと割のいい仕事に代えるか、さらに安いアパートを探すか。そんなことを顔の広い城野に愚痴混じりに洩らしていたんだ。なにかいいバイトがあったら教えてくれって。

 この城野という男は、城野市郎、じょうのいちろうといって、市郎くんなんて真面目そうな名前とは正反対に、見た目はだいぶいかつい。髪の毛はいつも派手な色をしているしピアスも山ほどつけていれば眉も薄い、なかなかコワイ風貌をしている。
 だけど少し喋ってみれば愛嬌はあるし物知りだし誰とでも仲良くなれるという性格も相俟って、とにかく友達の幅も量も多い。だからとにかく色んな種類の情報が集まる。
 そんな頼りになる友達だけど、城野と俺が並んでいればカツアゲされているのかと心配されるぐらいにはアンバランス。

 身長の高さは長所と言えるのかもしれないけど、全体的に筋肉の付きづらい体は迫力があまりない。女顔とまでいかずとも決して男らしくない顔を含めて、女子には観賞用として傍に置いておくだけなら最適というありがたくない評価を受けたことがある。

 ついでに「藤堂天良」という名前も、「とうどうたから」とすんなり読まれた試しがない。というか、自分でさえ登録しなければ「たから」と打ってこの字が表示されることはないんだからさもありなん。

 そんな俺の名前を、初対面で「覚えやすくていいな」と笑った城野に助けを求めてすがったのは、それが一番なんとかなる可能性が強かったからだ。城野はいつもの気安さで軽く引き受けてくれたし、俺は俺で新しいバイトを探したり物件を見ていたりしたんだけど、それが見つかるよりも声をかけられる方が早かった。
 自分から頼んだことだ。一も二もなく乗るに決まってる。
 話を聞けば、バイトの紹介ではなく、バイトを紹介してくれる人物がいるっていう紹介だったけど、そんなのは些細なこと。
 俺は城野の誘いにすぐさま了承し、即座にアポを取ってくれるよう頼んだのだった。

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