時給制ラヴァーズその後の短編
第2章 まつり浴衣は夏の華
そして夏祭りの前日である金曜の夜。
バイトから帰ってきた俺はリビングに置かれた段ボール箱の中を見て、なんとも言えぬ気持ちで立ち尽くしていた。
そこに在ったのは浴衣。
若葉色と深緑の大振りな市松模様とでもいったらいいのか。渋いけれどどこかモダンな柄の浴衣が、綺麗に折り畳まれて入っている状況を見て、深々としたため息が洩れる。
そうだった。慶人は浴衣フェチだった。
確かに夏祭りといったら浴衣だ。でも駅前の夏祭りに浴衣で行く発想はなかったから、どういう反応をしていいのか迷う。
「おかえり」
そこに、ちょうど風呂から出てきたらしい慶人がやってきたから、とりあえずそのまま浴衣を指差してみる。
「どうしたのこれ」
「……我が親のグッドタイミングっぷりをどう思う」
その指差しを受けて、視線を促すように示されたのは開かれた段ボールの、その上に貼られた送り状。その送り主と慶人の苦笑いの表情からして、どうやら偶然ご両親からこれが送られてきたらしい。
……もしかして、浴衣フェチはご両親から譲り受けたものなのだろうか。
いやいや、男同士のカップルである俺たちをこういう形で認めてくれているのはすごくいいことだし、元の干渉の仕方からするとかなり大人しい方ではある。
「さすが慶人のご両親。お礼はなにで?」
「浴衣を着用した写真で」
どうやらそこまでが要求だったらしく、俺の問いに考える間もなく即答された。これまでも色々とツーショットは送っているし、慣れたものだ。
「んじゃ、明日いっぱい写真撮ろう」
「そうだな。たくさん撮ろう」
「……お祭り楽しむの優先でね?」
妙に気合の入った慶人の答えに、そういえばカメラも趣味だったと思い返す。浴衣とカメラ。不安を掻き立てられる組み合わせだけれど、大丈夫なんだろうか。
いまいち俺の言葉が耳に入っていない気がする慶人と目の前の浴衣を見比べながら、俺は密かに深いため息を吐いた。