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時給制ラヴァーズその後の短編

第2章 まつり浴衣は夏の華

「……絶対悪いのは俺じゃない」
「え、なに?」
「いいから早く食い終わって」
「う、うん?」

 そろそろ帰りたくなったのか、急かす口調で言われて慌てて飴にかぶりつく。
 そして食べ終わったと同時に割り箸を俺の手から奪い取ってゴミ箱に捨てた慶人は、逆側の手で俺の手首を掴んで大股で歩き出した。
 その足は、なぜか人混みから遠ざかり、駅の明かりからも離れた路地の方へ向かっている。

「慶人? そっちなんにもないけど」
「いいから」

 屋台からも離れ、帰る方角でもなく、一体どうしたんだという問いかけには、すぐに答えが与えられた。それは言葉ではなく、暗がりでのキスで。

「ん、ちょっ……どしたの慶人」
「我慢利かなくなった」

 いくら今は人の目がないからといって、そこには駅がありお祭りの会場がある。そんな場所でまさかこんな行動を取られるとは思っていなくて、驚いている間に何度も慶人の唇がくっついてきた。

「キスだけ、な」

 囁く声と、反論を許さない深い口づけ。
 舌に残る水飴のせいで甘ったるいキスは、蒸すような気温よりも体の温度を上げていく。じんわりと汗ばむ手が俺の手首を強く掴み、先を望むように引っ張られる。
 甘く絡みつくキスと上がる体温のせいで、思考がとろけそうだ。

「キスだけ」

 そう言いながら、慶人の唇が首筋へと滑る。完全にスイッチが入っちゃってる慶人は、俺がもがくのを押さえつけて浴衣の合わせ目に唇を這わせてきた。

「ちょっ、人来るよ……っ」
「天が見てて」
「慶人、いい加減に……っ」
「もうちょっとだけ」

 なんで手を出されている俺の方が警戒しなくちゃいけないんだ。
 むしろ警戒すべき相手は目の前のこの男だろう。
 いつ人が来るかわからないただの路地で、明らかに「キスだけ」の範囲を逸脱しようとしている。

 いつもクールというか、外でこんな風にスイッチが入っちゃうことなんて普段はないくせに、それでも一度火がつくと止まらない人だと俺は知っている。
 ということはその前になんとしてでも止めないといけないわけで。

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