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時給制ラヴァーズその後の短編

第2章 まつり浴衣は夏の華

「慶人……マジでまずいから!」

 渾身の力を込めて肩を押して体を引き離すと、掴まれていた手を逆に掴み返す。

「家帰ろ」
「もう祭りはいいのか?」
「いいよ、堪能したから。だから帰ろ。……それまでおあずけ」

 唇を拭って俺を見てくる慶人の目が完全に恐い。変に文句をつけられるより気遣いの心が残っているのも恐い。
 血の滴る生肉を持って爪の鋭い肉食獣の前に立っている気分だ。というかむしろそのものの状況だ。
 それでもそれに怯んでここで流される度胸はさすがにない。つまりは早く家に帰るしかないってこと。一刻も早く。それこそ一刻の猶予もなく。

「あ、城野。俺たち帰るね。焼きそばおいしかったありがとう!」

 さっきとは逆に慶人の腕を掴み、路地を出てお祭り会場の脇をすり抜けて帰ろうとした時、休憩なのか涼みに来ていた城野を見つけて声をかける。
 さっきの紅ショウガの話もあるし、写真の話もあるし、もう少し話したいところだったけど、とりあえず今は家に帰らないと黙ったままの慶人が恐い。
 だから別れの挨拶は短めに済ませ、足早にその横を通ろうとして。

「おー……せいぜい頑張って励め」
「了解」
「ちょっ、二人とも冗談きつくない?!」

 半笑いの城野から投げられた言葉に慶人が低い声で応えたから思わず足が止まった。
 俺たちの関係を否定しないでくれたのは嬉しいけれど、そこまでの応援は望んでいない。
 しかも慶人は慶人で真顔で応えるし。それじゃあ本当にこれからすることすると認めたようなものだ。さすがに俺だってそこまでオープンに出来るほど根性座ってない。
 まあこの状態の慶人を見たらそう思うのも仕方ないか、とため息をついてその場から去ろうとしたら、倍の大きさのため息を聞かされた。

「あのなぁ、んな指輪見せびらかされたら言いたくもなるっつーの」
「あ」
「赤い糸の帯がお似合いだよバカップル。早く帰れ帰れ」

 どうやら俺の方が原因だったらしい。
 普通よりも大きく目立つ右手の指輪は、特に見せびらかしたわけではないけれど、特に隠してもいなかったからそれが引っかかったんだろう。
 呆れた様子でしっしっとまた追い払われて、大人しく家に帰ることにした。
 これは、次に顔が合わせ辛いなぁ……。

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