テキストサイズ

キス魔は浴衣で燃える

第2章 2.到着

「……おや、天くん。のぼせたかな? 顔が赤いよ」

 黙ってしまった俺を見て、今度はにやつくように声をかけてくる慶人は、俺が赤い理由をしっかりわかってる。
 そのくせわざと顔を覗き込むように心配の顔を作るから、その視線から避けるように立ち上がった。

「うん、たぶんのぼせた。すごく。だからもう上がる。慶人はゆっくりしてて」

 困る。こういうのはすごく困る。
 遠回しの口説き文句も照れるけど、ストレートにキザなセリフは反応に困るし心臓に悪いからとても困る。
 だって当然だけど今までの人生で誰かに口説かれたことなんてなくて、耐性がないし、対処法もわからないんだ。だから真っ当に恥ずかしくなって困るしかない。
 というか、口説き文句ではあっても決めゼリフのつもりはないだろう慶人には、この気恥ずかしさは伝わらないと思う。
 普段はここまでじゃないのに、やっぱり旅行のせいだろうか。一つ一つの言葉や視線がやたらと甘い。このままじゃそのうち俺は砂糖漬けの甘いなにかに変えられてしまいそうだ。

「……可愛い奴」
「!」

 答えを待たずに歩き出した俺の後ろでぼそりと呟く声が聞こえ、より一層足が速くなる。本当にのぼせたみたいに顔が熱い。
 慶人を置いていくようにさっさと早足で上がり、体を拭いて浴衣を着込んでやっと少し落ち着けた。
 誰もいない脱衣所で扇風機の下に陣取って、熱くなってしまった頭と顔を冷やす。
 慶人の奴、俺を茹で上がらせてどうするつもりなんだ。
 普段みたいにもうちょっと雑に扱ってくれれば対応のしようがあるのに、ひたすら甘さで包まれたらどうしていいかわからないじゃないか。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ