キス魔は浴衣で燃える
第3章 3.海
「お、マジで近くだった!」
旅館を出て目の前の道路を越えてすぐ、思ったよりも近くに浜辺があった。道路脇の階段を降り、最後の段で砂の感覚を軽く確かめてからそっと足を下ろす。
シーズンじゃないからか、いい雰囲気だというのに辺りには誰もおらず、温泉に続いてここも二人占めしている気分になった。
すぐ後ろには道路もあって決して静かではないのに、波の音に集中するとそれもどこか遠い場所のざわめきのようで、余計二人きりの気分になる。
夜の海は初めてじゃないのに、浴衣だということも相まってなんだか不思議な気分だ。
「……そういえば、最初にした時も海行った後だったね」
波打ち際を歩きながら、ふと思い出したのはカメラを抱えて歩いた夕暮れの浜辺。
その時はまだ俺はバイトで慶人の恋人のふりをしていて、その嘘の証拠写真を撮りに海に来たんだ。そこで本物の男同士のカップルの存在を知って、二人して動揺して、その夜色々と今の関係になるきっかけの出来事が起こったわけで。
思い返せばそんなに時間が経ったわけじゃないのに、なんだかすごく懐かしい気がする。
「それを言われると、俺としてはすごく複雑なんだけど。あれは、完璧に暴走なわけだし」
「でもそれがなかったら俺たち今こうしてないじゃん?」
確かに暴走といえば正しく暴走だ。普段のクールさが嘘のように見事にぷっちんしてた。
でもその前の俺も、今から考えると普通じゃなかったし(じゃなかったらさすうがに大人の玩具を自分で試そうなんて言い出さない)、やっぱりそれはおあいこだと思うんだけど。