偉大な魔道士様に騙されて体を捧げることになりました
第1章 魔道士との交渉
(ここで諦めたら、私の家族は…)
まつ毛が瞬く度にこぼれ落ちる雫
助からないかもしれない、と出発する前に焼き付けた家族の顔が脳裏に浮かぶ。
数分の沈黙が続いた。
(なぜ何も仰って頂けないの…)
涙ながらに切願する姿を魔道士は食い入るように見つめられている。
魔道士のルビーをそのまま埋め込んだような赤い瞳の奥で何かが揺れた。
「…一つだけ、ご家族を救える方法があるとしたら貴方はどうする?」
沈黙を破ったそれはあまりにも意外な言葉だった。
もう魔道士を説得するのは無理かもしれない、と心のどこかで思ってしまっていた私ははっきりと言葉を発する。
「もちろんっ、どんなことでも致します…!」
「それが、貴方を苦しめることになっても?」
「家族が助かるなら…私はどうなろうと構いません」
そこにあるのは確かな意志
例え罰を受けようとも、家族のためならこの命だって差し出せる。
それを聞いた魔道士はふわり、と柔らかい笑みを浮かべた。
「今日はもう遅い、館に泊まっていくといい。
詳しいことは今夜僕の部屋で」
「ありがとうございます…本当にありがとうございます…っ」
綺麗な動作で立ち上がり、扉から出ていく魔道士の背中を目で追いながら何度も何度も感謝の言葉を零した。
(お父様もお母様もお姉様もみんな助かるわ…
本当によかった…)
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一方部屋を出たシヴァリエは閉まった扉を背に
先程までの柔らかく甘い笑みとは違う、目の奥に黒い欲望を抱いた怪しい笑みを一瞬浮かべてその場を去っていったのだった。