
リニエンアナザー
第1章 クロタネソウ
「水臭いじゃん、黒谷」
「なんだよ、それ……」
苛立ちを孕んだ彼の声に、へらりと笑う千種の口元が歪んで足が竦む。
今までは明るい声で名前を呼んでくれたのに、こんな低い声は聞いたことが無かった。
近付こうとしていた足が定まらず、後ろへ引き返す。
「ああ、クソ……。こっち、来て」
「ええっな、何……?」
「……しっ、今部の後輩が居たから」
そこは少し雨音が遠退く位置にあった。
黒谷に腕を引かれて、奥まった非常階段脇の壁へ押し付けられる。
手を伸ばせばすぐに顔が届く、そんな距離だ。
こんなに近付くことは今まであっただろうか。
眼前の黒谷に気を取られ、先刻までの絶望感が吹き飛んでしまっていた。
「……で、彼女って何?」
威圧感に息を飲み込む。
自ら問いただした事だけど、彼にその話を振るのかと思うとあの教室で感じた不快感が蘇る。
「もしかして秘密だったの……?でも、何であんな噂話」
「だから、誰の話?て言うか千種、何でLI●E未読スルーしてんの」
コツりと黒谷の爪先が千種の爪先に当たった。
抱き締められている訳でも無いのに、まるで相手の体温が伝わってくるみたいだ。千種はこくりと喉を鳴らした。

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