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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第5章 意外な再会

 今宵は半月である。月明かりが辺りを照らしていたので、燭台が必要ないほどだ。とはいえ、明るいのは近くだけで、少し離れると、闇が凝(こご)って、より深い闇を形作っている。
 樹々が鬱蒼と茂った辺りは殊に暗く、じいっと見つめていると、そこから魑魅魍魎が出てきそうで、春泉はできるだけ眼を背けて足早に通り過ぎた。
 何故か胸騒ぎがしてならない。春泉の中で芽生えていた焦りはいっそう強まっていた。
 春泉は真っすぐ厨房に赴こうとして、ふと父の部屋の灯りがまだついたままなのに眼を止めた。
 千福は夕刻から屋敷に戻ってきている。昔から、父が屋敷にいるときに夜更かしをするのは見たことがなかった。側妾の許に行っているときは知らないが、自宅では専ら早寝早起きの父である。
 春泉はそのことにふと違和感を憶え、伸び上がるようにして父の部屋の様子を窺ってみた。しかし、室内はしんと静まったままで、起きているのかどうかまでは判らない。
 もっとも、多忙を極める父のことだから、仕事を自宅にまで持ち込んでいるとも十分考えられる。
 それでも、春泉は確かめずにはおられず、そろりそろりと脚音を忍ばせて庭を進んだ。春泉が父の部屋の手前まで来たのと室内の灯りが消えたのはほぼ時を同じくしていた。
「―お父さま?」
 父が寝むために灯りを消したのかとも考えたのだが―、それにしては、何となく室内の雰囲気がざわついている。
 別に物音や人声が聞こえてくるというわけではない。むしろ不気味なくらい静まり返っている。しかし、その不自然なほどの静けさがかえって春泉の不安を煽っていた。部屋の中のざわつきは、もしかしたら彼女自身の心の波立ちかもしれなかった。魚の小骨が喉にかかったような、小さな違和感が彼女から離れなかった。
―手練れの刺客に、妹の恨みを晴らして欲しいと頼んだそうだ。
 刹那、別れ際の光王の科白が耳奥で甦った。
「お父さまッ」
 春泉は叫び、父の部屋へと続く短い階段を上った。靴を脱ぐ暇ももどかしい。靴を脱ぎ捨て、バタンと音を立てて扉を押し開けた。
 室内は当然のことに、真っ暗な闇で満たされていた。大きく開け放たれた扉を通して、静寂の大波がどっと戸外から室内にまで押し寄せてきた。

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