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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第5章 意外な再会

 やはり、父は眠ってしまったのだろうか。
 春泉が一瞬、そう思いかけた時、彼女の鼻腔を異臭がついた。
―この匂いは何?
 そう思った春泉は思わず悲鳴を洩らした。
 漸く闇に慣れてきた瞳に映ったのは、血溜まりに倒れ伏す父千福であった。千福はうつ伏せた形で倒れ、その背中―丁度心臓の辺りに長刀が深々と突き立てられている。
 恐らく心ノ臓を貫いているに違いない。医学的知識のない春泉にも、千福が最早絶命していることは明白だった。
 先刻、鼻についた異臭は父の血の臭いだった。千福の背中からは今もどくどくと鮮血が溢れ出し、父のパジチョゴリも床も部屋の中は飛散した血で染まっていた。文字どおり、血の海と化している。
 父はまだ普段着のままであった。文机に書きかけらしい帳簿と傍らに金庫が置かれていること、夜具の用意もまたなされてないことから考えても、千福は起きて仕事をしていたと思われる。
 やはり、父は眠ってはいなかった。だからこそ、部屋の灯りがついていたのだ。
 そして、父は一人ではなかった。
 ぬばたまの闇に溶け込む黒装束に頭からすべてをすっぽりと覆い尽くした男がもう一人、血まみれの父の傍らに立ち尽くしている。
 その人物が男か女かは実のところ、定かではなかったけれど、並外れた上背があることから、女人とは考えられなかった。
 恐怖と衝撃に声も出せないでいる春泉の前で、男は千福の背中に深々と突き立てた長刀を抜き取り、ざっと振った。その拍子に、刃先についた血が周囲に飛び散る。
 春泉は父を殺した黒装束の男の正体を見極めてやろうと一歩前へと足を踏み出した。が、折悪しく、月が丁度、雲間に隠れて、部屋の中はいっそう暗くなった。これでは父を殺した科人の顔が見られない―。
 そう思った時、再び室内が薄明るくなった。
 今だ!
 春泉はありったけの勇気をかき集め、科人の方へとまた一歩進んだ。
 しかし、月光に浮かび上がった科人の顔を見た刹那、またしても言葉を失った。
「―光王!?」
 俄には信じられないことだった。
 父を殺した刺客があの光王だっただなんて。

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