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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第5章 意外な再会

 春泉の不安をよそに、刻は穏やかに流れていった。光王が最後に姿を見せてから、数日を経た。その頃には春泉の警戒心はかなり薄らいでいた。もうこのまま何も起こらず、これまでと同じような退屈すぎる日常が続いてゆくのではないかと思い始めていた。
 やはり、光王は彼特有の悪戯心で春泉をからかったのだろうかとも考えていた。光王は人の生き死にに拘わる事柄で、けして冗談を言うような人間ではない。あの気性を考えれば、けしてあり得ないであろう希望的観測を抱き始めている中に、日にちは更に経過した。
 四月もそろそろ終わろうとするある夜のことだった。
 春泉は夜半、喉の渇きを憶えて目ざめた。
 夜具の上に身を起こし、静かに立ち上がる。
 宵に一緒に床に入ったはずの小虎は、どこか夜歩きにでも出かけたのか、姿は見えなかった。
 枕許の小卓を引き寄せ、水差しから湯呑みに白湯を注ぐ。立て続けに二杯飲んで、三杯目を注ごうしたところ、ほんの数滴出てきただけであった。
 今夜に限って、何故、こんなにも喉が渇くのか判らない。夜に玉彈の給仕で食べた夕餉の膳にも特に喉が渇きそうな献立は見当たらなかった。
 我慢しようかとも思ったけれど、どうしてもお代わりが欲しい。かといって、夜更けに水を持ってくるためだけに熟睡している乳母や女中を起こすのも気が引けた。
 結局、自分が行けば良いのだという結論に至り、燭台を持ち部屋を出た。布団に入っていたゆえ、色一色の夜着姿だ。四月下旬であれば、夜はまだ少し冷える。上に何か羽織るものをとも考えたが、時間が勿体ないような気がして、結局、そのままにした。
 目ざめたときから、何故かは判らないけれど、何ものかに急き立てられているかのような焦りに似た気持ちがあり、それが刻を経る毎に強まっていく。
 両開きの扉を開け、静かに外に出る。わずかに冷たさを含んだ夜気がひんやりと膚を包み込み、春泉は思わず身震いした。階を降り、靴を突っかけ、庭に降り立った。部屋の前の卯木(うつぎ)が白い清楚な花を咲かせている。月光に照らされた花は夜目にも艶やかで、銀色に染まっていた。

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