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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第6章 祝言の夜

 春泉の記憶の中で、父の棺に取り縋って泣き崩れる母の姿はまだ新しい。
 もしかしたら、まだ自分の知らない、見たことのない母の姿が隠れているはずだという希望もあったし、父という支えを失った母の心にできる限り寄り添い、代わりに支えとなれたらという願いもあった。
 時間なら、あり余るほどある。何しろ、どこにも嫁がず、母と二人だけでひっそりと余生を過ごそうと考えていた矢先に、あの知らせはもたらされたのだ。町外れの小さな屋敷の中だけは時間の流れがゆっくりとしているのではないか―、そう思えるほど静かな日々が続いていた。
 そこで、春泉の物想いは一旦、途切れた。彼女の少し前方を一匹の蝶がひらひらと舞うように飛んでゆく。
 それは何とも摩訶不思議な光景であった。雲間から差し込むひと筋の月光にほのかに浮かび上がった蝶は鮮やかな蒼色に染まっている。繊細な模様を描く薄い羽根を忙しなげに動かし、庭で咲き誇る牡丹に戯れかけている。
 その時、雲に隠れていた月がはっきりと姿を現し、花に止まった蝶をくっきりと照らし出した。
 と、それまで蒼かった蝶が一瞬にして金色に変じたように見えたのだ!
―まさか。
 春泉は信じられないものを見たように、数回、眼をまたたかせ、蝶を凝視した。
 月明かりに照らし出された黄
金色に輝く蝶と薄い花びらを幾
枚も重ねた薄紅の牡丹は、まさに
この世のものとも思えない美しい
取り合わせだ。
 刹那、春泉の脳裡に一人の 男の貌が浮かぶ。陽光の当たり加減で微妙に色を変える不思議な男の髪と瞳。あの男の髪も時に黄金色(きんいろ)に輝き、陽が当たらない場所では落ち着いた茶褐色になった。
 そして、極めつけはあの瞳の色! あるときは海のように深く蒼く染まり、あるときは榛色に変化する。まるで眼前のこの脆くも美しい、蝶のように。
 春泉は魅入られたかのように、蒼い蝶をじいっと見つめていたかと思うと、そっと手を伸ばす。
 今なら、自分は伸ばされた手を取るだろうか。〝一緒に来い〟と言って手を差し出した、真摯な光王のあの思いつめたような瞳の色が今も忘れられない。
「―泉、春泉?」
 私の名前を呼ぶのは誰?

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