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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第6章 祝言の夜

 千福は確かに多くの財産を残したが、まだ未払になったままの仕入れ金などもたくさんあった。それらをすべて返済し、奴婢たちをも手放した上は、柳家に残された金品はけして多いとはいえない。贅沢をしなければ、母娘二人が慎ましくやってゆけるだけのぎりぎりのものが残っているだけだ。
 それでも、父は、母と自分が何とか食いつないでゆけるだけのものは残してくれた。そのことに、春泉は感謝したものだ。
 だが、春泉はいつまでも手をこまねいて何もしないでいられないとも考えていた。かつて柳家に出入りしていた仕立屋の留(リユ)花(ファ)のように、自分の口くらいは自分ですすがねばならないときが来たのだ。
 あれから二年、留花は父親のいない子を生んで、たった一人で育てている。彼女が私生児を生むに至るまでにどのような出逢いと経緯(いきさつ)があったのかを春泉が知るすべはない。
 しかし、あの儚げな花のようにか弱そうな外見の下に、留花は何と逞しい素顔を持っていることか! 
 一方で、春泉は心のどこかで留花を羨ましいとも思っていた。女がたった一人で子を生んで育ててゆくのは、想像を絶する困難が伴う。しかも、生まれた子は正式な結婚すらしていない男の胤である。世間の留花に向ける眼は当然ながら、厳しい。
 それでも、なお、留花は子を生む道を選んだ。その凜とした潔い生き方は、厳しい寒さにも負けず、早春に深い雪の中から花を開く雪割草にも似ていた。
 留花はきっと、子どもの父親となった男を心底から愛していたに相違ない。だからこそ、未婚の母という苛酷な道を選び、懸命に子どもを育てているのだ。そこまで心を捧げられる相手を生涯で得ることができた留花は幸せだ。
 留花のことを思えば、自分は経済的には、まだはるかに恵まれている。
 かといって、留花のように仕立物ができるわけでもない。たった一つ、これといえるのは刺繍くらいなものだが、これも得意とはいっても、単なるお嬢さまの手慰み程度のものかもしれない。そうであっても、何もないよりはマシだと自分に言い聞かせ、かつて父が親しくしていた雑貨商(小間物屋と扱う品は似ていたが、全体的にもっと多種多様な品物を扱う)に頼み込んで、刺繍を売って貰うことになった。

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