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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第6章 祝言の夜

 初めは果たして自分の作品が売り物になるかどうか大いに不安だったものの、雑貨屋の主人は
―この出来映えなら、大丈夫だよ、それにしても千福の娘がこんな名人技を持っていたとは今まで知らなかったね。
 と太鼓判を押してくれた。
 以来、春泉の刺繍の売れゆきは上々で、彼女は月に二度ほど仕上がった品を纏めて持参し、それは結構な収入になった。近頃では店の主人の勧めで、高価な飾り額だけでなく、手(ハン)巾(カチ)や髪飾り(リボン)にも小さく刺繍を入れたりしている。
 大作で手間のかかる飾り額は良い値で引き取って貰える反面、時間を要する。それに引きかえ、手巾や髪飾りの刺繍は手早くすれば、一日に数をこなせるという利点があった。
 そして、その春泉が始めた内職が途切れかけた皇家との縁を再び繋ぐことになろうとは、考えもしていなかった春泉であった。
 事は、春泉の作った飾り額を皇家の夫人が買い求めたことから始まった。春泉の手になるものとも知らず、夫人はそれが殊の外気に入り、後になって、追加注文したほどであった。
 夫人から自慢げにそれを見せられた良人の才偉が額の片隅に小さく〝春泉〟と刺繍してあるのを見、おやと思った。そこで、ひそかにこれを妻が買ったという店の主人に人をやって訊ねさせたところ、思ったとおり、かつて親交のあった柳千福の遺した娘に間違いないという。
 才偉は、柳千福をあまり好もしい人物だとは思っていなかった。しかし、面白い男だとは思っていた。
 千福はあまりにも本能に忠実すぎるのだ。女を抱きたいと思えば、その欲求に素直に従うし、金儲けになると思えば、方法は厭わない、たとえ、どれだけ傍迷惑なやり方を用いたとしても、だ。
 あれほどまでに己れの本能、欲求に忠実というのは、ある意味、潔いというか、謹厳実直が服を着て歩いているようだといわれる才偉にはむしろ、羨ましいとすら思えた。
 才偉は欲求に従う前に、まず理性とか良識といったものが邪魔をする。結句、望みを遂げるどころか、何もしないで終わることの方が多い。しかし、まあ、世の中の大部分の人々はそうやって自分の感情―欲求と理性―をうまく制御してやってゆくのが普通だ
 つまり、千福は異端児である。世の中で名や財をなし、成功はするが、同時に敵も数え切れないほど作ってしまう。

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