テキストサイズ

淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第6章 祝言の夜

 才偉は柳千福を他の連中のように頭から否定する気はないが、また、けして相容れない相手であることも判っていた。だからこそ、妻が千福から内密に数々の賄(まいない)を受け取っていたことに注意もしたし、自分自身も必要以上に千福に拘わりすぎないようにしてきた。
 千福には気の毒だが、あの男の死によって柳家との縁組が事実上沙汰止みになったのは助かった。憎めない奴だとは思っても、己れの利を得るためなら人殺しもやりかねないような男と縁戚になるのは気が進まない。
 が―、多くの人々を敵に回した千福は〝天罰が下ったのだ〟と囁かれるように、正体も判らぬ誰かによって殺された。千福の遺した妻と娘は家の財産と見なされる奴婢の一人残らずに至るまで自由の身にしてやり、広大な屋敷を処分して町外れのこぢんまりとした家に移った。
 聞くところによれば、娘の乳母と執事が一人、それが柳家に残った使用人のすべてであるという。
 才偉は到底、このままにしてはおけぬと思った。今は千福もこの世のものではなく、忘れ形見は苦労知らずのお嬢さま育ちであろうのに、自らの刺繍した作品をかつての父の同業に持ち込んで得た金を生活の足しにしている。
 母と娘が慎ましく暮らしているその生活を聞くにつけ、才偉は千福の一人娘を憐れんだ。かつては一時たりとはいえ、我が家と縁談のあった家である。問題の人物である千福もおらぬ今、可哀想な娘を助けてやるために柳家との縁組についてもう一度考え直しても良いのではないかと思えた。
 つまり、才偉が柳家との縁談を考え直した直接の理由は、人助け、もっと端的にいえば、後ろ盾たる父親を失った一人の健気な娘の救済であった。
 むろん、妻の芙蓉はこの良人のひどく人の好すぎる行いに真っ向から異を唱えた。既にその頃、才偉は礼曹判書を経て右参賛(議(イ)政府(ジヨンプ)の要職、領議政、左・右議政、左・右参成に次ぐ官職)となっており、皇家の嫁には望めば、領議政の孫娘でも迎えることができるほどの勢いがあった。
 しかし、普段は我が儘で権高な妻には寛容な才偉が時ここに至って、芙蓉の意見には全く耳すら貸そうとしない。
 その才偉の意向は、千福の死後一年半を経たある日、突然に皇家からの使者によって柳家の母娘に伝えられることになった。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ