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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第6章 祝言の夜

 才偉の善意が果たして自分にとっては良かったのか、どうか―、春泉には判らない。もとより、母チェギョンの異存のあろうはずはなく、今回は縁談は呆気ないほどの速さで纏まった。
 更に半年を経た四月の吉日をもって、春泉と皇秀龍の婚礼が盛大に行われたのである。
 この結婚に先立ち、春泉は皇家の遠縁に当たる孔(コン)家の養女となっている。孔家は才偉の姪の嫁ぎ先に当たり、当主の仁賢(インヒヨル)は、その姪の良人の父親に当たった。仁賢その人は現在、礼曹正郎(ジヨンラン)を務めており、皇家よりは家格は若干劣るが、迎える嫁の里方としてはまず妥当といえる。
 こうした実に煩雑な手数を踏み、春泉は今日という晴れの日を迎えたのだ。
―お母さま(オモニ)、私はどこへも嫁ぐ気はないわ。ずっと、ここに、お母さまのお傍にいます。
 春泉は声を大にして幾度も言ったけれど、チェギョンはうっすらと笑んだまま、首を振るだけだった。
―女の幸せとは、お慕いする殿方に嫁して、子を生み育てることなのです。
 しかし、春泉は母の科白に大いなる疑問を抱いていた。
―それで? お母さまはお幸せだったのですか? 周囲の反対を押し切ってまで、お父さまと結婚し、その挙げ句がこの有様なのですか?
 そう叫びたい衝動に駆られたけれど、すんでのところで思いとどまった。今更、母を傷つけたところで、どうなるだろう?
 それでなくても、母は父を喪った。かつては贅を凝らした屋敷に暮らし、身をきらびやかに飾り立てていた人が今は別人のようにつづましやかに暮らしている。
 母はもう十分に、自分がなしたことへの報いを受けたはずだ。これ以上、母を追いつめる必要はない。
 ただ一つだけ、嫁ぐ前に春泉が母に訊ねたことがあった。
―お母さまは、母となって、お幸せだったのですか?
 と。
 我ながら愚問だとは思った。母の春泉を見つめるまなざし、態度を見れば、応えは自ずと判り切っているではないか。
 春泉を授かっても、母は幸せにはなれなかった。いや、はっきりといえば、不幸だった。
 春泉は応えを最初から期待はしていなかった。また、口に出して〝そのとおりよ、私は不幸だった〟と応えられたとしたら、たとえ母の気持ちが判り切っているとしても、やり切れなかっただろう。

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