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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第6章 祝言の夜

 否、と、春泉は思わずにはおれない。本来の母は、このような思慮深い、慎ましやかな女(ひと)だったに違いない。柳千福の妻であった頃のチェギョンをよく知る人なら、彼女について〝貞操〟とか〝慎み深い〟といった形容がどれほど不似合いで笑えるものかよく知っているはずだ。
 いかに母が隠し通そうとしても、そのような悪い噂は、父の悪癖同様、世間でひそかに囁き交わされていた。妻の醜聞を知らぬのは、当の千福一人であり、父は格好の物笑いの種になっていたはずだ。自ら播いた種とはいえ、その意味では、父もまた哀れな男だともいえた。
 しかし、今の母は住み慣れた柳家の屋敷を出て、かえって、長年にわたって身に纏わりついていた垢というか澱をすべてきれいに洗い流したかのような、どこか憑きものが落ちたようにも見える。
 何より、美しいけれど、眼許に険をいつも滲ませていたあの頃の母より、今の穏やかで控えめな母の方が数倍魅力溢れる大人の女性に思えた。
 新しい家に移ってからの母は、良人を失った哀しみを湛えながらも、晴れやかな良い表情をしている。
「―春泉、春泉?」
 先刻からの呼び声が少し大きくなった。
 春泉が眼を見開くと、秀龍の気遣わしげな顔があった。
「どうしたのだ? 何か気になることでもあったのか?」
「蝶が」
 言いかけて、春泉は小さく首を振った。
「いいえ、何でもございません。牡丹の花があまりに綺麗なので、つい見惚(みと)れておりました」
「そうだったのか。そなたがあんまり熱心に何かを眺めているようで、つい心配になってしまった」
 〝え〟と、訝しげに小首を傾げる春泉に向かい、秀龍は少し照れ笑いを見せた。
「そなたがあまりに美しいので、つい不安になったのだよ。声をかけなければ、このままふっとかき消えてしまうような気がしてならなかった」
 ややあって、笑みが更に深くなる。
「そなたには、いきなり妙なことを言う男だと呆れられてしまうかもしれないが」
「私が美しい―?」
 ますます当惑顔の春泉に、秀龍は誤解したらしい。

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