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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第6章 祝言の夜

「両班の婚姻は家と家の結びつきで、当人同士の思惑などないに等しい。それなのに、私は、こんなに美しい妻を迎えることができた。正直申すと、控えめな女性であれば、容色は二の次だと―失礼な言い方かもしれないが、そう思っていたのだ。さりながら、今宵のそなたの美しさは輝くばかりだった。顔も知らずに迎えた妻がこのように美しいとは、私は何という果報者だと思った」
 機嫌良く喋る男を冷めた瞳で見つめ、春泉は言った。
「いつもそうなのですか?」
「いつも―とは?」
 今度は秀龍の方が困ったように口ごもる。
「秀龍さまはいつも他の女人方にも先刻のようにお世辞をおっしゃっているのですか?」
「そなた、何を―」
 更に困惑気味の秀龍に、春泉はまなざしより更に冷え切った声音で断じる。
「それに、私は秀龍さまのおっしゃるように美しくも綺麗でもありません。度の過ぎた褒め言葉は、かえって相手の心を傷つけるだけです。それとも、あなたさまは私をおからかいになっているのですか?」
 ふと、春泉は意地悪な気持ちになった。
 この男に、自分のような醜い女に面と向かって〝綺麗だ〟などとふざけたことを言う奴に言ってみては、どうだろう? 〝先刻、私は黄金の蝶を眺めておりました〟と。
 この男は、どんな反応を示すだろう。恐らく、この女は少し頭がイカレていると思うに違いない! そのお陰で、この男が自分に愛想を尽かしてくれれば、尚更好都合なのだけれど。
 春泉が口を開こうとしたまさにその瞬間、秀龍がスと手を差しのべ、春泉の手を握った。
「冷たいな。こんなに冷えてはいけない。さあ、良い加減に中へ入ろう」
「止めて下さい!!」
 自分でも愕くほど大きな声になった。
 春泉は慌てて秀龍の大きな手から自分の小さな手を引き抜き、もう二度と触れられたくないとでもいうように両手を後ろに回した。
 しばらくは気づまりな沈黙が続いた。
 秀龍は気を悪くしたというよりは、ひたすら愕いているようだ。
 思いがけなくも沈黙を先に破ったのは秀龍の方だった。
「済まない。そなたがそれほど愕くとは思わなかったのだ」
 春泉は自分に与えられた部屋の扉を開け、宵闇に浮かぶ牡丹を眺めていたのだ。

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