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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第6章 祝言の夜

「だが、これ以上、ここにいては風邪を引いてしまう」
 優しく諭される。これ以上逆らうのも大人げないと判断し、春泉は秀龍に誘(いざな)われ、室の中に入った。
 室の中には既に二人分の絹の夜具が整然とのべられている。
 秀龍が座ったので、春泉もまた、それに倣い良人より少し離れた下手に座る。
「先刻の話だが」
 唐突に切り出され、春泉は眼を瞠った。
「私はそなたをからかったつもりはないし、女と見れば、すぐに甘い科白を囁く女たらしでもない」
 その言葉で、秀龍の言いたいことはすぐ察せられた。春泉に対して美しいと賛辞を贈った秀龍に、春泉は、他の女人にもいつもお世辞を言っているのかとすげなく突っぱねたのだ。
「私はこう見えても、父上と同じで、どうしようもない朴念仁なのだよ。女人相手に気の利いた科白の一つも言えない。だから、この歳まで浮いた噂もなく、淋しく過ごしてきたのだ」
 最後は冗談めかして笑った。
 秀龍は今年、二十四歳。確かに早婚の当時としては、やや遅めの結婚ではある。
 しかし、彼は義(ウィ)禁(グム)府(フ)に所属し、非情な切れ者、しかも、才知だけでなく武芸の腕も衆に抜きん出ているところから、父才偉同様、国王もひとかたならぬ信頼を寄せているという専らの噂だ。
 更に、その秀麗な面立ちと洗練された穏やかな物腰で宮中の女官はおろか、両班家の深窓の姫君たちの熱い視線をも集めているとか。
 今はまだ義禁府の下級官僚にしかすぎないが、いずれは父を凌ぐ官僚になるだろうと将来を嘱望されている政界きってのエリートなのだ。
 が、当人の言うように、浮ついた噂もないというのは満更、嘘ではない。多くの女たちから秋波を送られても、秀龍は全く意に介さず―というより、全く取り合わない
 たまに、大胆な娘がいて、彼に恋文を送っても、秀龍は、当たり障りのない返事を出すだけだ。思わせぶりなことやお世辞は一切書かないので、流石に相手の娘も二度目の文を出す勇気はない。

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