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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第1章 柳家の娘

 男の話す言葉は流暢な朝鮮語で、彼が生粋の朝鮮人であることはすぐに判る。なのに、彼のあまりにも朝鮮人離れした容貌は、海を越えた外つ国に暮らすという異様人を彷彿とさせた。彼(か)の国の人々は、この男のように黄金色の髪と深い海のような蒼い瞳を持つという。
 ただ、男はほどよく陽に灼けた褐色の膚で、外つ国の人の雪のようにすべらかな膚というのとは違う。もっとも、男の服装はどう見ても、その日暮らしの常民のように見えたから、労働者が陽灼けしているのは当然のことだ。本来は、彼もまたもっと白い膚なのかもしれない。 
 春泉が男の姿に眼を奪われていると、男がニヤリと口の端を引き上げた。 
「あの安物にあっさりとあいつの言い値を出さなかったところを見れば、なるほど、あんたのいうとおり、あんたはかなりの目利きだろう。大方は、宝飾を商う商人の娘、といったところか。あんたのようなお嬢さんが女中一人連れただけで、うろうろしてちゃア、良い鴨だと思われるのがオチだ。今度出てくるときは、屈強な用心棒の一人や二人でも連れてくるんだな」
 その口調には春泉の身を案じるというよりも、どこか揶揄するような、小馬鹿にするような響きが感じられた。
「そのようなことをお前に指図される憶えはない。大きなお世話です。それよりも、お前のことを先刻の男は光王と呼んでいたようですが、お前も小間物の目利きができるのか?」
 その問いに、男は更に口の端を引き上げた。
「俺のことなんざア、それこそ、お嬢さんには関係ねえだろ。助けてやったのに、その物言いはないだろう? 全く、礼儀知らずの小娘は手に負えねえな」
「なっ」
 呆れたように大仰に溜め息をつかれ、春泉はカッとなった。男がくるりと背を向ける。
 思わずその後を追うように前へと一歩踏み出そうとした春泉は、クラリと軽い眩暈を憶えた。予想外の出来事の連続に、心と身体がついてゆけくなっているのだろうか。
「お嬢さま!?」
 乳母の悲鳴のような声に、素早く男が駆け寄ってくる。
「おい、大丈夫か?」
 どうやら根は口ほどに悪くはないらしい。覗き込んでくる表情は心底、春泉を案じてくれているようにも見えた。

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