テキストサイズ

淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第6章 祝言の夜

 中には挫けずに二度目の手紙を寄越す者がいたとしても、秀龍は二度目以降の返書は絶対に出さなかった。まともな神経の持ち主なら、素っ気ない最初の返事を読んだだけで、秀龍には全くその気がないことに気づくのだ。
 そのせいで、秀龍にはこれまで全く女性関係についての噂がない。礼曹判書の嫡子であれば、これまでにも何度も縁組が持ち込まれたにも拘わらず、秀龍はすべてを断っていた。
 あまりに女性に興味を示さないため、〝皇才偉どののご子息には衆道の気がおありだ〟という、秀龍にとってはひたすらありがた迷惑な風評までついて回っている始末である。
 むろん、春泉もこの噂については既に知るところではあったが―。むしろ、春泉にとっては秀龍のこの噂が真であった方がよほど良い。なまじ名ばかりの良人となった男が自分に興味を持ってくれると、まずいのだ。
「良いのです」
 春泉は平坦な口調で言った。
「あなたがどこで何をなさろうが、それはあなたさまのご自由ですもの。私が口を差し挟むべきことではございませんわ」
 我ながら取りつく島もない言い様である。
 しかし、秀龍を良人として受け容れるつもりがない以上、何をどう言えば良いのだろう。
 春泉は小さく息を吸い込むと、やおら立ち上がった。両手を組んで眼の高さに持ち上げ、座って拝礼(クンジヨル)を行う。呆気に取られている秀龍を前に、更にもう一度立ち上がり軽く頭を下げた。
「秀龍さま、いえ、旦那(ナー)さま(リ)、私はこれからの日々をあなたさまの妻として心からの敬意をもってお仕え致します。ですが、私に妻の務めとして要求するのは、それだけにしておいて頂きたいのです」
「それは、一体、どういう意味だ? そなたの言っている言葉の意味が私には判らない。私たちは今日、夫婦(めおと)となった。先ほどの婚礼でも誓ったように、良人と妻は互いに敬い合ってゆくのは当然だと思うが」
 ここまで言われては、春泉も本心を明かさないわけにはゆかない。
 もっとも、ここで秀龍が春泉の望みを聞き入れてくれたなら、春泉にとっては願ってもない話だ。
「それでは、はっきりと申し上げます。私は旦那さまのお子を生むつもりはありません」
 秀龍が更に不思議そうな表情になる。
「つまり、子どもは作らない、欲しくないと?」

ストーリーメニュー

TOPTOPへ