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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第6章 祝言の夜

「いえ、そうではありません」
 春泉の頬に血が上った。
「子どもができる夫婦の行為そのものを控えて頂きたいのです」
 ひと息に言ってしまってから、カッと頬が火照る。我ながら、何という露骨な言い方しかできないのか。
「名ばかりの夫婦でいろと申すのか?」
 それまで穏やかだった秀龍の声がやや低くなった。
 春泉は慌てた。
「身勝手なお願いとは重々承知しております。その代わりと申し上げては何ですが、妻としてできることは、床を共にする以外なら何でも致します。全力を尽くして良い奥さんになれるように努力もします」
 ここで秀龍を怒らせるのは得策ではない。仮にも夫婦として付き合ってゆくからには、父と母のように互いに憎しみ合うような関係にはなりたくなかった。
 短い沈黙の後、秀龍が溜め息をついた。
「そなたの言い分はよく判った。だが、どうにも解せぬ。何故、そなたは、そうまで私を拒もうとする? 私のどこが気に入らない? 申してみてくれ。そなたが気に入らぬところがあれば、努力して直そう」
「いえ、そのようなことは、けして」
 言い終える前に、春泉の小柄な身体は強い力で引き寄せられ、秀龍の逞しい腕の中に閉じ込められていた。
「秀龍さま!?」
「それとも、他に惚れた男でも?」
 互いの息遣いすら聞こえてくるほどの至近距離に、秀龍の整った貌がある。
 春泉は思わず眼を伏せた。急に低くなった秀龍の声音がまるで威嚇してくるようで、怖い。
「放して下さい」
「眼を開けて」
 命じられても、到底、眼を開けられない。
「眼を開けるんだ、春泉」
 ひときわ強い口調で促され、春泉はおどおどと眼を開けたが、まともに秀龍の眼が見つめられない。
「私の眼を見なさい。それとも、私の顔が見られないのは、先刻の私の質問が図星だったと受け取っても良いのかな」
「いいえ、そのような方はおりません。好きな男(ひと)などいません」
 その時、唐突に瞼に浮かんだのは、ありえないほどの美貌を持つ男の面影であった。

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