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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第6章 祝言の夜

 春泉は、十二歳までオクタンと一緒に眠っていた。オクタンは枕許に座り、布団に入った春泉の髪を撫でながら、色々な物語を語り、歌を歌ってくれた。オクタンの声が幼い春泉を優しく微睡みの淵に誘い、子守歌に導かれて眠りの底へとゆっくりと落ちてゆくこのひとときが大好きだった。
 十二歳の誕生日を過ぎてからは流石に別々に眠るようになったけれど、それでもオクタンは春泉が声をかければ、すぐに来てくれた。
「あ―」
 春泉の双眸が恐怖に見開かれた。秀龍が彼女の両手をひとまとめに掴んだのだ。
 長い指が白一色の夜着の前結びになった紐にかかり、シュルッシュルッと解(ほど)かれてゆく音が静寂(しじま)の中でやけに大きく響いた。
 覆い被さってきた秀龍の唇が春泉の首筋を掠める。あたかも春泉の心の不安と動揺を表すかのように華奢な首筋の一部分が烈しく脈打っていた。
 宥めるように秀龍の唇がその場所に押し当てられる。男の唇の異様な熱さに、春泉は余計に混乱し、怯えた。
「いやっ、オクタン、オクタン!! 助けて。オクタン、来てよ」
 涙が溢れ出て止まらない。自分の懸命な抵抗が秀龍を煽っていることなど知る由もない春泉であった。
 ピリッ、絹の裂ける耳障りな音が聞こえ、春泉は今、我が身に起こっていることが信じられなかった。
 秀龍は春泉の夜着の合わせ紐を引きちぎり、掴んだ彼女の両手をその紐で縛ろうとしている―。
「止めて、止めて下さい、秀龍さま。ゆ、許して」
 春泉は涙混じりの声で懇願するように首を振った。
「私、いやです、こんな強引な―」
 もっと毅然として抗議したいのに、恐怖が上回って、それどころではない。自分でも知らない中に哀願する口調になっていた。
 秀龍がいっそう優しげに見える笑みを刻む。
「女人に対して、こんな烈しい気持ちを抱いたのは今夜が初めてだよ、春泉。私は、そなたをひとめ見た時、とても気に入ってしまった。何もしないでくれと頼まれても、そんな約束は守れそうにない」

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