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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第6章 祝言の夜

 どれくらい経ったのか、傍らの秀龍が突然、問いかけてきた。
「眠れないのか?」
 一瞬、眠ったふりをしようかとも考えたけれど、春泉は自分でも知らない中に応えていた。
「旦那さま、少し前、私にお訊ねになったことを憶えておいでですか?」
「そなたに訊ねたこと?」
 すぐには思い出せないらしい秀龍に、春泉は続ける。
「部屋に入る前に、廊下で庭を眺めていたときのことです。秀龍さまは私に何を見ているのかとお訊ねになりました」
 〝ああ〟と秀龍が納得したように頷く。
「そなたはあの時、牡丹を見ていたと申していたはずだが」
 燭台の火を落とした室内は、薄い闇に満たされている。薄闇の中で眼を開けたままでいると、次第に闇に慣れてはきたものの、仰向けになった春泉には、床に入った秀龍がどのような体勢でいるのかまでは判らない。
「私、あの時、世にも不思議なものを見ていました」
「ホウ、それは何だ、是非、知りたい。教えてくれ」
 秀龍は興味を引かれたらしい。布団から顔を出し、身を乗り出す気配に、春泉は笑った。
 まるで、子どものような男(ひと)だ。分別くさい大人の顔をしていると思ったら、嵐のように烈しい情熱で春泉を翻弄し、こうして、少年のように好奇心旺盛な表情(かお)を見せる。
「金色の蝶を見たのです。世にも不思議な眺めでした。月明かりを受けて羽を煌めかせる黄金の蝶―」
 秀龍からの応(いら)えはない。
「おかしいですよね? 黄金色の蝶なんて、この世に存在するはずもないのに」
 春泉が自嘲気味に言うと、秀龍の穏やかな声音が返ってくる。
「そなたが見たと申すのだから、確かにいるのだろう。金色に輝く蝶―、人は己れの眼で見えるものでしか物事を判断しないが、この広い世の中には恐らく、理屈や常識といった一般論では証明できぬ摩訶不思議が存在するはずだ。私は信じるよ、春泉、そなたが黄金の蝶を見たというなら、私はその蝶がいると信じる」
 その何げないひと言は、春泉の心に飛び込み、心の奥深くに沈んでいった。
 どんなにあり得ない話でも、秀龍は春泉が見たというなら、信ずると―そう言うのか。

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