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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第7章 天上の楽園

「畜生、何でこうなるんだ。折角、二人きりで良い雰囲気(ムード)になるはずだったのに。うまくゆけば、口づけ(キス)の一つくらいできるかもと思っていたら、この体たらくだ」
 秀龍の陰気な視線の先には、小虎がいる。春泉に抱かれた小虎は秀龍の恨みがましい視線は物ともせず、〝フン〟と胸を張っているように見えた。女主人を我こそが守らねばと正義感に燃える護衛官小虎にしてみれば、たとえ白昼夢の中でも、大切な春泉を辱めるような淫らな想像は許しがたい、といったところか!?
 ブツブツと口の中で呟く秀龍に、春泉が愛らしく小首を傾げた。
「何か? おっしゃいました?」
「い、いや」
 秀龍は慌てて首を横に振り、愛馬の鹿毛に鞭をひと振りする。
「さあ(チヤー)、行こ(カ)う(ジヤ)」
 二頭の馬は並走しながら、やがて賑わう都の大路を勢いよく走り抜けていった。

 春泉と秀龍が目指す場所に到着したのは、既に夕刻近くになった頃合いである。
「綺麗」
 眼の前にひろがる一面の光景に春泉は声もなく、ただ圧倒されていた。
「都からたいして離れていない場所に、こんな素敵なところがあるなんて知りませんでした」
 風がそよぐ度に、野を埋め尽くした一面の花畑が微かに揺れる。濃いピンクや淡いピンク、更に黄色や白、様々な色合いの牡丹が今を盛りと咲き誇っている。
 今、春泉を支配しているのは感銘と興奮が入り混じったような不思議な高揚感であった。
 圧倒され言葉を失っている春泉を見、秀龍もまた、嬉しげに言う。
「そなたが牡丹を好きだということをふと思い出したのだ。次の休みに連れてきたのでは、折角の花も終わってしまう。今日は丁度、間に合ったようで、連れてきた甲斐があった」
「旦那さま、私、旦那さまに牡丹が好きだと申し上げたことがありましたか?」
 そんなことがあっただろうかと細い頼りなげな記憶の糸を辿っていると、秀龍が事もなげに口にした。
「直接に、そなたから聞いたわけではない。ただ、祝言の日、そなたは愛しげに庭の牡丹を眺めていた。そのときのことをよく憶えていた」

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