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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第7章 天上の楽園

 秀(ス)龍(ロン)が気を利かせてくれた折角の遠出があのような気まずい最悪の形で終わってしまったのだ。結局、春泉は秀龍の心遣いを無駄にしてしまった―どころか、かえって彼に不愉快な想いをさせてしまったのだ。
 私、また、秀龍さまを傷つけてしまった。
 今日の出来事を思い出す度に、春泉の心は重く鉛を呑み込んだように沈んだ。
 しかし、秀龍の指摘は、あながち間違いとは言い難い。あのときの春泉は、けして光王と秀龍を比べていたわけではない。しかし、心の奥底では、二人の男のどちらか一方を選べなくて、自ら生命を絶ってしまったという薄幸な娘に、知らない中に自分を重ねてしまっていたのも否定はできなかった。
 光王と秀龍。二人は親友同士でもないし、ましてや互いに面識もない。でも、春泉はこの二人の男を知り、そして、どちらにも惹かれている。
 そうなのだ。春泉は小さな吐息をついた。自分は明らかに秀龍を好きになり始めている。時折、秀龍が見せる温かな笑みを見る度、春泉は光王を思い出さずにはいられなかった。
 不思議だ。二人の男は明らかに誰が見ても対照的なのに、春泉は光王に抱いたような印象を秀龍にも受けた。秀龍はいつも鷹揚で、物腰もやわらかで、どこまでも洗練されている。流石に建国以来、連綿と続き朝廷で重きをなしてきた名門皇氏(ファンし)の嫡子だけはある。
 対して、光王の類稀な美貌は野性的なものだ。けして何ものにも縛られることなく、己れの思うがままに自由に生きる孤高の狼。
 人懐っこい飄々とした態度の癖に、どこかで常に対する人とは一定の距離を置き、隙を見せない。十七歳という実年齢よりはるかに大人びて見えたが、時折、素顔の無邪気な少年らしさがほの見えた。
 秀龍の方はといえば、人を寄せつけない光王とは裏腹に、誰にでも好かれるタイプの好青年だが、存外に素顔は冷めている。彼の一見、穏やかな双眸の底に時に閃く冷たい光は、光王が纏う空気とよく似ていた。
 二人共に、焔のような情熱と氷のような冷静さを合わせ持っている稀有な男だ。二人の人格は、実にこの二つの対極的な感情の危うい均衡の上に成り立っている。時として、どちらかの感情がより強く表面に出るため、傍にいる者は一体、どちらの貌が本当の彼なのか、判らなくなってしまう。

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