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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第7章 天上の楽園

 また、別の意味でも、彼等はとてもよく似ていた。秀龍の笑顔は、春泉を温かく包み込む。まるで春風のようだと感じたその笑顔を、春泉は確かに光王の中に何度も見た。彼がふっと見せる邪気のない笑みは、秀龍の笑顔と同質のものだ。
 秀龍の笑顔を見ると、春泉は、たまに〝光王〟と呼んでしまいそうになることが確かにあったのだ。全くの別人だと気づき、衝撃を受けることもしばしばだった。
 全く異質でありながら、同時に同質でもある二人の男。その男たちに惹かれている春泉は、〝天上苑〟の逸話に出てきた娘の悲劇を他人事とは思えなかった―、そう言われても、仕方のないことかもしれない。
 春泉が途切れることのない物想いに浸っていたその時、居間の両開きの扉が軋んだ。
「春泉!」
 初め春泉は秀龍が怒っているとばかり思っていたのに、扉から覗いた彼は怒っているどころか、上機嫌である。
 しかし、そのいつにない陽気さに、どこか違和感を憶えながら、春泉は秀龍を出迎えに立ち上がった。
 秀龍は紅い顔で部屋に入ると、機嫌良く春泉に声をかけた。
「可愛い私の奥さんは、一体、何をそのように浮かない顔をしているのかな?」
 このような軽口を叩くのは、いつもの秀龍らしくない。そう思った矢先、秀龍の身体がグラリと傾いだ。
「旦那(ソバ)さま(ニム)?」
 春泉は咄嗟に秀龍の逞しい身体を脇から支えた。
 その時、彼女は初めて気づいた。秀龍の赤ら顔、顔を近づければ漂ってくる饐えたような臭い。秀龍は酔っているのだ。しかも、少々の量ではなく、相当を呑んだのだろう。
 道理で、機嫌が良すぎるはずだ。
「ご酒をお召し上がりになったのですか?」
 春泉が問うと、秀龍は当然のように頷いた。
「ああ、呑んだ、呑んだ。これ以上呑んだことがないというほど、呑んだぞ」
 確か、縁談のあった当時、秀龍はあまり呑まない質(たち)だと聞いたことがある。下戸ではないけれど、酒はあまり好きではないと。
 なのに、このように深酔いするまで呑むとは、一体、どうしたのだろう。
「旦那さま、こんなに酔われるまで呑むのは、お身体に障ります」
 思わず口にすると、秀龍の眼(まなこ)が妖しくキラリと光った。

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