テキストサイズ

淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第7章 天上の楽園

「ホウ? 春泉は私の身体の心配をしてくれるのか?」
 戯れ言のように言う秀龍の態度に、春泉はムッとした。
「当然です。旦那さまは皇家のたった一人のご子息でいらっしゃるのですから。代わりのきかない大切なお身体ですもの。それに、そこまでお酒に酔ったお姿は、旦那さまらしくありません」
「そなたが私を案じるのは、ただそれだけの理由からなのか、春泉?」
 たたみ込むように言われ、春泉は少し怯んだ。
「い、いいえ。それだけではありません。旦那さまは私の良人ですから、妻として当然の―」
 しかし、秀龍は皆まで言わせなかった。
「フン、名ばかりの妻が知ったようなことを言う」
 〝名ばかりの妻〟とあからさまに言われ、春泉はハッと息を呑んだ。
「では、訊こう。そなたは先ほど、酒に酔って醜態を晒すのは私らしくないと申したが、その私らしさとは一体、何なのだ? そなたは私のどこを、何を見て、本当の私を知っていると言えるのだ?」
「私は―、何も醜態を晒すだなどとは申してはおりません。ただ、お酒のせいで取り乱されるのは旦那さまらしくないと」
 ふいに秀龍がグイと顔を近づけてきた。
 酒臭い息を真正面から吹きかけられ春泉は思わず顔を背ける。
「言葉を飾るな。幾ら綺麗事を口にしたとて、そなたの言わんとしていることだ。私は酒に酔って、みっともなくも妻の前で醜態を晒している」
「旦那さま、もう今夜はお寝みになった方がよろしいのではありませんか? 明日はまた、お勤めがおありです」
 春泉が遠慮がちに言うと、秀龍の端整な面に自嘲めいた笑みが浮かび上がった。
「酔っ払いは早々に寝かしつけると?」
「そのようなつもりは毛頭ございません」
 ただ、見ていられなかったのだ。いつも穏やかで理知的な秀龍がここまで酔いつぶれるのを見るに忍びなかった。
 が、彼は意外なことを言った。
「いや、まだ眠らぬ。これまでは自室で一人、淋しく呑んでいたのだ。折角、美しき妻を迎えたのだ。そなたの酌で呑み直したい」
 春泉は大いに困惑した。何をどう言えば、秀龍を思いとどまらせることができるだろう。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ