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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第7章 天上の楽園

「若奥さま。さあ、参りましょう」
 オクタンは春泉に手を貸して身を起こさせると、その肩からチョゴリを着せかけ、無惨に捲れ上がったチマを整えた。周囲に散らばった長ズボンや下穿きを素早く拾い集め、春泉の肩を抱き、もう一度優しく耳許で囁く。
「若奥さま」
「オクタン―」
 春泉が堪えかねたように、ヒクリとしゃくった。後は堰を切ったように涙が次々に溢れ、頬を濡らす。
「うっ、うっ、えっ、えっ」
 泣きじゃくる春泉を抱えるようにして、オクタンは静かに部屋を出ていった。

 何ということを、自分はまたしてもしでかしてしまったのだろうか。
 あの娘は、春泉は何故か秀龍の心をざわめかせる。どのような手段を用いても、あの娘を手に入れたい。少しくらい残酷なやり方でも、何とかして春泉を自分ものにしてしまいたいという欲求を抑えられなくなるのだ。
 彼の理性を失わせ、惑乱させるあの娘が悪いのではない。昏い情動に突き動かされるまま、本能のままに春泉を犯そうとする自分が獣のような見下げ果てた人間なのだ。
 それが嫌というほど判っていながら、なお、彼は春泉への恋情を捨て去ることができないのだった。
 これで、あの娘はますます自分を嫌いになるのは必定だ。明日からは、二度と口をきいてくれないかもしれない。
 しかし、小虎、あれは実に不思議な猫だ。
 今朝、書見をしていた秀龍のところに姿を見せた猫に、彼は〝春泉の護衛武官〟と言ってやった。あのときは冗談で口にしたにすぎなかったが、面妖にも、あの猫は春泉が危機に瀕すると、どこからともなく現れる。
 もっとも、その危機というのがすべて秀龍絡みで、彼が烈しい恋慕を持て余し春泉を我が物にしようとするときだ。それは、我ながらあまりにも情けなさすぎる。
 初夜のときも思ったことだが、自分はこんなに自制心や堪え性のない男だったかと、自分で首をひねり、自己嫌悪に陥りそうだ。
 先刻の小虎の翡翠色の瞳は、秀龍を罰するかのように炯々とした光を放っていた。あの何もかを見透かすかのような瞳の前では、どのような悪人も正気に返るのではないだろうか。
 秀龍は額に手を当て、疲れたように大きな吐息をついた。

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