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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第7章 天上の楽園

 蜂蜜湯は、子どもの頃からの春泉の大好物であった。オクタンが今だけは〝若奥さま〟ではなく、〝お嬢さま〟と昔のように親しく呼んでくれるのも嬉しかった。
 オクタンが何故、わざわざ自分をこの部屋に連れてきたかも理解していた。オクタンは春泉の気持ちを思いやってくれたのだ。
 普段、若夫婦は、秀龍が夜毎、春泉の寝室を訪ねるという形を取っている。春泉が使っているのは、母家の奥まった一角であり、秀龍や義父母たちの住まうそれぞれの部屋とは吹き抜けの渡り廊下で繋がっている。居間とその奥に寝室とふた部屋が続いていた。
 今夜、春泉は自分の部屋で陵辱されそうになったのだ。その部屋に夜中、いるのは耐えられないだろうと察し、オクタンの部屋に連れてこられるように秀龍に許可を求めてくれたことも。
「オクタン、私、私ね」
 春泉は両手で包み込んだ湯呑みを軽く揺らした。そっと鼻を近づけると、かすかな柚の匂いが鼻腔をくすぐる。
 昔から、蜂蜜湯にほんのひと匙、柚の皮を入れるのがオクタン流蜂蜜湯だ。そして、春泉は、その特製蜂蜜湯が大好きだった。
 まだほんのりと温かい湯呑みはオクタンのふくよかな身体に顔を埋(うず)めて眠った幼い頃を思い出させる。あのときのオクタンの身体もこんな風に温かかった。
 母に顧みられぬ淋しさを、心の孤独を、オクタンは、そうやって強く抱きしめてくれることで埋めてくれたのだ。
「無理に喋ろうとなさらなくて良いのですよ」
 オクタンが優しく言うと、傍らにちょこんと座っていた小虎が相槌を打つように鳴いた。
「ううん、私、誰かに聞いて欲しかったの」
 春泉は首を振ると、ゆっくりと話し始める。今、この自分の胸の想いを言葉で言い表すのは、正直、困難な作業だった。それほど、自分ですら見極められないほど混沌として、複雑なものだから。
 でも、ちゃんと形にして誰かに伝えることで、春泉自身にもその想いがどのようなものなのか、何なのかを把握できる機会になり得るかもしれないと思うのだ。
「秀龍さまのことが嫌いではないのよ。でも、怖いの。ううん、普段のあの方はとても優しくて、良くして下さる。けれど、時々、秀龍さまをとても怖いと感じるときがあるのも確かだわ」

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