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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第7章 天上の楽園

 眼を瞠る春泉の髪を、オクタンは愛情深い仕種で撫でた。
「女は恋をするにしても、ゆっくりじっくりですけど、男はそうはゆかないんです。ぱっと燃え上がったら、一気に突き進む性急さしかありません」
 昔話ですけどね。と、オクタンが笑いながら語った。
 その昔、オクタンがもうとっくに亡くなった亭主と恋仲になったばかりの頃、亭主はすぐにでもオクタンと結ばれたいと熱く囁いたそうだ。だが、オクタンは、たとえ結婚の約束を交わした間柄でも、ちゃんと柳家のご主人さま(当時は、春泉の祖父母の代)や奥さまに報告して、お許しを得てからにしたいと言ったそうだ。
 そして、こうも言った。できるなら、祝言を済ませて、亭主と晴れて結ばれたいのだ、と。最初、逸る亭主は随分と不服そうだったけれど、オクタンの心を理解してくれて、結局、二人が結ばれたのは祝言の夜になった。
「男なんて、両班の坊ちゃんだって、奴婢の若者だって、中身は何も変わりませんですよ。惚れた女なら、一刻、一日でも早くモノにしたいって、盛りのついた猫みたいに―あら、お嬢さま、失礼しました―、熱くなるもんなんです。だから、秀龍さまも、お嬢さまのことが好きで好きで堪らないから、きっと待ち切れないんじゃないでしょうか」
 オクタンは、どうやら、春泉が秀龍に〝形だけの妻でいたい〟と告げたことなど、とうにお見通しのようであった。事が事だけに、オクタンにすら話さず、自分一人で決めたことだったのに、どうやら、この乳母はちゃんと最初から心得ていたようだ。
 そこで、オクタンは声を潜めた。
「お嬢さまの前でこんな下品な話をしたら、柳家の奥さまにそれこそ鞭でぶたれるだけじゃ済まないでしょうけど、この際ですから、お話ししておきます。お嬢さま、男と女の大きな違いは、男は身体で恋をして、女は頭で恋をするってことですよ。女は惚れた男と手を繋ぐだけで、満足できるけれど、男は当然、それだけじゃ満足できないでしょう? 手を繋げば、次へ、もっとその先へと進みたがるもんです。私がまだお嬢さまくらいの娘だった時分、年上の女たちからよく言い聞かされましたもの。男は猟師と同じ、一度、手に入れると、また別の獲物を探し始める困った習性があるから、たとえ結婚を約束しても、祝言が無事終わるまでは、けして膚を許してはならないってねえ」

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