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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第8章 夫の秘密

「ありがとう。後は私が厨房に直接返しにゆくから、あなたは取りにこなくて良いわ」
 春泉が礼を言うと、女中は〝はい(イエー)〟とお辞儀をして出ていった。
 女中が出ていったのを振り返って確認してから、チェギョンが言った。
「今のあなたの態度は、皇家の若夫人として、あまりふさわしいものとはいえませんね」
「何故でしょう? 私のどこがいけなかったのでしょうか?」
 チェギョンは相変わらず姿勢を正したまま、難しい書物の講釈をする教師のような口調で応えた。
「使用人の労をねぎらう意味で礼を言うのは良いのです。しかし、主人である自分がわざわざ小卓や食器を運んで厨房まで返しに行く必要はありません。使用人というものは、あまりに厳しく接しすぎてもいけませんが、さりとて、寛容すぎるのも駄目なのですよ。何でも大目に見てやるのが良いのかと言うと、それでは、かえって甘く見られ、言うことをきかなくなる怖れがあります。結果、屋敷に仕える使用人全体の統率が取れなくなってしまうことだって、あるのですから。厳しすぎず、甘すぎず、適当な距離を置いた上で慈愛を持って接してやることが大切なのですからね」
「判りました。今日のお母さまのお教えは肝に銘じます」
 春泉が素直に頷くと、チェギョンは小首を傾げた。
「ま、こちらのお屋敷の使用人は、元からあまり躾は行き届いてはいないようですがね」
「それは、どういうことでしょうか? 今日、何かお母さまに対して失礼がありましたか?」
 母がこの部屋に来るまでに、使用人が何か粗相をしたのかと訊ねてみる。
 チェギョンは薄く笑うと、膝をいざり進め、春泉に近寄った。いっそう声を低めて話し出す。
「先刻の女中のことですよ。まず、部屋に入るときに、外で声をかけてから入るように躾けるべきです。先触れもなしに、いきなり扉を開けるのは無神経というものではありませんか」
 流石に使用人たちには厳しかった母だけはある。しかし、母の言はいちいち、道理で筋が通っている。

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