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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第8章 夫の秘密

 父が亡くなってから、母の美しい面から険が取れ、表情も雰囲気も随分とやわらかくなった。父の放蕩がそれほどまでに母を心理的に追いつめていたのかと思えば哀しいが、母が漸く優しい笑みを見せてくれるようになったことが今は素直に嬉しい。
「何を言うの。私はもう三十七の年寄りですよ。もう直、孫だってできようかという歳になって、綺麗も何もあるものですか。あなたはまだ十八になったばかりの若さですもの。もっと自信をお持ちなさい。あなたは、自分で思っている以上に美しく魅力的よ」
―お前は自分で思っている以上に魅力的なんだぞ。
 昔、春泉にそう言ってくれた男がいた。その頃、彼女は自分が醜いと思い込み、僻んでばかりいた。そんな彼女に男は魔法をかけたのだ。
 あのひと言で、春泉は化粧の仕方も変え、時間をかけてもっと丁寧にするようになった。
 光王、あなたは今、どこで何をしているのかしら―。〝光の王〟という暗殺者集団を率いる頭目であり、行商の小間物売りという表の顔を持つ男。春泉の心に今なお忘れられない面影を強く刻みつけて去っていった男。
 春泉は光王の面影を振り払うように、頭を軽く振った。
「ずっと気になっていたのですが、その耳飾りは素敵ですね」
 何となく口にした言葉だったが、母の白い頬がわずかに上気したように見えた。注意して見れば、チェギョンは話の合間も何回か無意識に耳飾りを触っている。
 石そのものは小さい涙形で、動く度にゆらゆらと揺れる作りになっている。それほど高価なものではないのかもしれないが、品が良く、母によく似合っていた。
 母が少し身動きする度に、光を受けて翡翠が煌めく雫のように光るのだ。
 母にとっては、大切なものなのだろう。何となくそんな感じが伝わってくる。父との想い出の品なのかもしれない。よもや、その耳飾りこそ、光王がチェギョンに贈った品だとは想像だにしなかった―。
「そう?」
 母は内心の動揺を押し隠すように、いかにもどうでも良いことだというように頷く。が、それが、かえってその耳飾りが母にとっては重要な意味を持つものだと何より物語っているのに、母自身は気づいていない。

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