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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第8章 夫の秘密

 春泉は緩慢な動作で周囲を見回す。やがて、徐々に記憶が戻ってくる。
 母が帰ってから、春泉は、一人で泣けるだけ泣いた。母の告げた秀龍の醜聞は、自分でもおかしいと思うほど春泉を狼狽えさせた。
 あれだけの涙を流したら、身体中の水分がなくなってしまうのではと心配になったほどの涙を流した。
 あんな夢を見てしまったのは、多分、母から聞いた話のせいだろう。
 思い出すのもおぞましい淫らな夢だ。あんな夢を見た自分が許せないし、恥ずかしい。
 目ざめてもなお、あの映像がありありと瞼に灼きついている。まるで事実そのものを見ているように、現実的な生々しい夢だった。
 夢の中であられもない痴態を繰り広げていたのは紛れもなく秀龍であった。男の方ははっきりと顔が見えたのに、女の方は、丁度春泉からは真後ろになっていて、後ろ姿しか見えなかった。
 あの黒髪の女が翠月楼の妓生香月なのだろうか。雪のように透き通る膚を持ち、豊かな肢体をしていた。男なら、あんなたわわに熟れた果実のような豊満さを好むのだろう。
 嫉妬が妄想を呼び、あのような夢を見せたのとだとしたら、人間の感情というものは実に怖ろしい。自分の中に、そこまでの妬心が秘められているとは信じられない。
 春泉はまだ虚ろな頭で懸命に思い出そうとする。
 どうやら、自分は泣きながら眠ってしまったようだ。母が帰ってから、一体、どれくらい経ったのか。
 もう一度、回りを見回そうとした時、部屋の中が俄(にわか)に明るくなった。愕いて弾かれたように振り向くと、いつのまにか部屋に入ってきたのか、秀龍が燭台の蝋燭に火を点していた。
「どうしたんだ? こんなに暗くなって、明かりも付けずに」
 秀龍は気遣わしげにこちらを見ている。
 蝶を象った燭台では、蝋燭が明るい焔を上げて燃えていた。その光が眩しくて、春泉は思わず眼を眇めた。
「どこか具合でも悪いのか?」
 秀龍が手を伸ばしてくるその大きな手が春泉の額に当てられた。
「うん、熱はないな」
 秀龍が安心したように頷く。
 いつもと変わらない優しい笑顔、深い声。
 どうして、この人は、こんな風に平気でいられるのだろう。香月という想い人がいながら、私にも優しく微笑みかけるのだろう。

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