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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第8章 夫の秘密

 本当にそうなのだろうか? 義(ウィ)禁(グム)府(フ)の仕事は結構きつく、まだ下級官にすぎない秀龍も毎日のように宮殿内の部署に詰めている。義禁府は王命により重罪人を取り調べる官庁であり、そのため、極秘調査で宮外に出る機会も多く、危険の伴う仕事でもあった。
 激務といえば激務であり、秀龍の帰宅も毎夜、深夜前後なのは特に珍しくはない。春泉も今まではそう思っていたのだが、母の話を聞いてしまった今は、果たして良人の帰宅が遅いのは仕事のためだけだったのだろうかと思い始めていた。
 今日のように、たまに仕事が早く片付いたからと夕刻を過ぎた頃に帰ってくることはあるし、彼女も良人の言い分を頭から信じてはいたのだが―。
 もしかしたら、それは大きな間違いであったのかもしれない。そういえば、と、春泉は改めて女好きで、あっちこっちの女たちの間を渡り歩いていた父の口癖を思い出していた。
―仕事が忙しくて、なかなか帰ってこられないのだ。
 父の言う〝仕事〟とは、とりもなおさず複数の側妾たちの許にせっせと通うことだったのだ。つまり、〝仕事〟が早く終わったとい表現は、男が女に逢えなかったことを意味するのではないか。
 一度疑い始めたらキリがないのは判っているが、そもそも、こちらに疑いを抱かせる秀龍の方が悪い。これまで仕事が重なってとか、あれこれと遅く帰ってくる言い訳を必死にしていたのも、すべては妓生と逢うためだったのかと思えば、滑稽で笑えてさえくる。
 春泉は半ば自棄(やけ)のように思った。
「まだ、思っていたよりは早い時間なのですね」
 恐らく、今日、〝仕事が早く終わった〟ということは、お目当ての香月に逢えなかったからに違いない。他の客を取っている最中か、もしくは病気なのか。
 そんなことを考えていると、秀龍が唐突に言った。
「そうだ、折角早く帰ってきたのだから、今夜は一緒に食事をしよう。いつも、春泉一人で食事をさせているのを心苦しく思っていたのだ」
 一人で食事をさせているのを心苦しく思っていたですって?
 ふざけないで欲しい。同情や憐れみなんて要らないし、見せかけだけの優しさを貰っても、反吐が出そうなだけだ。

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