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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第8章 夫の秘密

 自分がいつも漢陽一と謳われる美女と一緒に食事しているからって、良い気にならないで。
「いいえ、結構です。私、何も欲しくはありませんから」
 春泉がつんと顎をそらして言ってやると、秀龍が軽く眉を寄せた。
「そういうわけにはゆかぬ。欲しくなくとも、無理をしてでも食べなくては」
「良いのです。欲しければ、また、そのときに頼みます」
 秀龍が小さな溜め息をついた。
「それなら、私一人の食事をここに運ばせれば良いのだな。そうだ、ついでに松の実粥を作らせてはどうだろう。粥ならば、食欲がなくても食べられるぞ?」
 春泉は眼を見開いた。まさか、秀龍がここで食事を取ると言い出すとは思ってもみなかったのである。
「ですから、先ほどから申し上げているはずです。何も欲しくはないと」
「そうなのか? では、私一人分だけで本当に良いのだな」
 改めて問われ、春泉は叫んでいた。
「止めて下さい!」
 秀龍がハッと春泉を見た。
「旦那さまがどこでどなたとご一緒にお食事をお召し上がりになろうと、それはご自由ですが、私の部屋で召し上がるのだけは止めて頂きたいのです」
 それが春泉なりの精一杯の反抗であった。
「どうして?」
 その理由を、この男は私に言えというのか。
 春泉は唇を噛み、秀龍を挑むような眼で見た。
「私が旦那さまの形だけの妻だということをお忘れではありませんか?」
 そう、春泉は秀龍の形だけの〝妻〟なのだ。形だけの夫婦なら、名ばかりの良人が妓生と深い仲になろうと、平気なはず。
 春泉は必死で自分に言い聞かせる。
「そなた―、まだ、そのようなことを申すのか?」
 秀龍の眉がつり上がった。十日前のあの一件以来、二人の間は表面上は何もなかったように穏やかではあったものの、春泉は常に秀龍から距離を置こうとしていた。にも拘わらず、秀龍は自分が春泉に対してした仕打ちを恥じ、指一本さえ触れないように春泉を怯えさせないようにふるまってきた。そのことを春泉は知らないわけではない。

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