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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第10章 予期せぬ真実

 秀龍は小さくかぶりを振った。
「何も家族や使用人までをも皆殺しにする必要はなかったはずだが、彼等にしてみれば、右議政の息子たちが長じた際、報復に及ぶのを未然に防いだつもりだったのだろう。或いは、単に右議政に対する私怨だけからだったのかもしれない」
 すべてを失った英真の面倒を見たのは、彼の生命を守り抜いた乳母であった。しかし、事件後三年、乳母は過労が元で亡くなった。英真はわずか十二歳でついに本当に天涯孤独となったのだ。
 秀龍が自嘲気味に笑った。
「我が皇家の父や母は、その点、実に処世術が巧みというか、薄情でね。私が幾ら英真を養子として引き取って面倒を見てやって欲しいと頼んでも、聞き届けてはくれなかった。私の両親にしてみれば、科人の遺児などと無闇に関わり合うのは避けたかったのだよ。父上(アボニム)は右議政が無実だと知っていたのに、見て見ぬふりをするどころか、助けようとすらしなかった。あれほど親しくしておきながらの、あの仕打ちは幾ら何でも酷すぎた」
 秀龍の父才偉は、ひとたびは破談になった結婚をかつての千福との約束どおりに進め、春泉を皇家に嫁として迎えた。それほどの義理堅い人物でありながら、親しくしていた右議政一家を見限ったというのは、春泉には信じられない話だ。
 しかし、私情ではいかほど助けたいと願っていても、事は国の根幹を揺るがす謀反問題に関わってくるとなると、自分の気持ちを優先させるわけにはゆかなかったのかもしれない。才偉にとっては、友情よりもまず守らなければならないもの、それは皇家の家門であった。もしかしたら、才偉にとっては、苦渋の決断だったのではと、春泉は春泉なりに当時の義父の苦衷が判るような気もした。
 が、まだ若かった秀龍には、父のその究極の選択が己れの身を守る保身としか映らなかったのだろう。
 英真はすべてを失ってから、町外れの粗末な家で乳母と暮らしていた。乳母が働いて英真の世話をしていたのだが、英真もまた市場で使い走りなどの雑用をして日銭を稼いで乳母を助けていたという。
 乳母の死後、英真の悲惨な境遇を見かねて、秀龍はそれとなく英真の力になるようになった。むろん、物質的、金銭的援助だ。
 しかし、その頃はまだ秀龍も十七で、任官もしておらず現金収入はなかった。

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