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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第11章 男装女子

 確かに自分に尋常ではない女装癖があったのは事実ではあるが、果たして、人がそれだけの理由で、女ならともかく、男の身で妓生になろうだなどと思うだろうか?
 あの頃、自分は確かに変わりたかった。申英真ではなく、全く別の誰かになり、新しい人生を生き直してみたかった。だから、正真正銘の男でありながら、女と偽って生きてゆく、そんな普通でない生き方を選び、苦界へと飛び込んだのだ。
 今、彼は見事に傾城香月として生まれ変わり、両手に余るほどの男を手のひらの上で転がしている。
 両班、豪商、男なんてものは皆、一皮剝けば、中身は皆、呆れるほど同じだ。助平で、女の身体をモノにすることしか考えていない。幾ら豪奢な衣装できらびやかに装って気取り返ってみても、頭の中は反吐が出るほど、嫌らしいことしか詰まってない。
 香月は日々、大の男たちを手玉に取り、彼女(彼)の微笑み、いや、まなざし一つ動かすだけで、屋敷が一つ建ち、値の付けられないような玉の首飾りが手に入る。この国で至高の存在と謳われる国王ですら、傾城香月を手に入れたいと思し召し、後宮に入れと遣いを寄越してきたのだ。
 この生き方に悔いはない。男なんて、人間なんて、所詮、見かけや立場でまんまと騙される愚かな生きものに過ぎない。
 まさか自分(香月)が男とも知らず、手を握らせてくれと懇願する哀れな両班。香月が甘えてしなだれかかっただけで、有頂天になり、高価な宝飾品の詰まった宝石箱を贈った商人。どいつもこいつも馬鹿だらけだ。
 そんな香月の周囲は、いつも欺瞞と嘘ばかりで固められていた。たった一つ、これだけは真実だと思えるのは義兄の秀龍の存在だけだ。秀龍だけは、いつも、はっきりと香月に本音を語る。
―罪のない客の心を弄ぶような真似は止せ。
 心から香月のゆく末を思い、度々の諫言を寄越す。
 そして今、彼は出逢ってしまった。淀んだ彼の日々に小さな風穴を開け、心地良いそよ風のように眼の前に現れた娘に。
 兄貴、やっぱり、兄貴の読みは正しかったみたいだな。俺は、兄貴の奥さんに逢わなかった方が良かったみたいだ。
 恩人であり義兄でもある秀龍にとって、春泉は掌中の玉だ。その大切な春泉に幾ら横恋慕したからといって、横から攫うような真似はしない、できない。

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