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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第12章 騒動の種

尚薬どのの許に行って、薬を貰ってこよう」
 尚薬には秀龍自身の腹痛のためだと適当に言い繕い、秀龍は腹痛の薬を処方して貰って美京の部屋に引き返した。
 湯呑みに水まで汲んでやり、粉を渡すと、美京は苦そうに顔をしかめながらも、ちゃんと全部飲んだ。
「苦い薬ほどよく効くと昔から申すからな」
 秀龍はその場の沈んだ雰囲気をわざと引き立てるように、明るい口調で言う。
「私も子どもの時分は苦い薬が大の苦手だった。薬を飲んだ後で貰える甘い菓子が食べたさに頑張って最後まで飲んだ憶えがあるよ」
「何故でしょう、苦いはずの薬が甘く感じました」
 美京の声が震え、静かなすすり泣きの声が続いた。
「母や弟妹たち以外に、心からの労りの言葉をかけて下さるのは馬尚宮さまと皇都事さまだけです」
「要らぬお節介かもしれないが、先輩女官たちのことは、尚宮さまに報告した方が良いのではないか? このまま放っておいたとしても、自然に治まるものなら良いが。話を聞く限り、単なる悪戯では済まされない類のもののようだ。そのお陰で、下手をすれば、そなたは生命を失いかねないのだ。馬尚宮さまならば、その辺りは上手く事を荒立てぬように対処して下されよう。勇気を出して、尚宮さまに打ち明けてみた方が良い」
「―判りました。仰せのようにしてみます」
 美京の言葉に、秀龍は少しだけ安心し、笑みを浮かべる。
「そなたが、その気になってくれて良かった。それでは、私はこれで失礼するよ」
 秀龍が両開きの扉に手をかけたその時、ふいに背後から美京が抱きついてきた。
「お願い、皇都事さま。行かないで」
 美京の手を放そうとしても、なかなか放れない。仕方なく秀龍は強い力で彼女の身体を自分から引きはがした。
「一体、どういうつもりだ、林女官。二人きりで一つの部屋にずっといれば、そのことが周囲にどう受け止められるかを考えているのか?」
 美京の顔を覗き込もうとしても、彼女は頑なにうつむいたままだ。
「あ、痛いッ」
 唐突に、美京が右脇腹を押さえ、くずおれた。
「おい、大丈夫か? しっかりしろ」
 こうなっては、秀龍も美京を一人残して去るわけにはゆかない。

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