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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第12章 騒動の種

「私はそなたなしで恋しくて死にそうな夜を過ごしたのだが、薄情なそなたは大方、手脚を伸ばして、ゆるりと寝んだのであろうよ」
 なっ、小虎。
 秀龍が声をかけると、部屋の片隅で丸くなって眠っていた猫がうっすらと眼を開けた。
 小虎(ソチェ)、雄、四歳。春泉の愛猫である。身体全体は灰色で白い縞模様が特徴的で、外観が少し虎に似ていることから、小虎の名が付いたのだと春泉が教えてくれた。
 とにかく女主人の春泉第一の忠義の猫で、春泉が皇氏に輿入れするのに付いてやってきても、いまだに秀龍を新しい主人だとは認めていない。
 いや、小虎にとっては、秀龍が春泉の良人であるという事実も多分、本当は認めたくないのだろう。
 小虎はむくりと起き上がると、ゆっくりとした足取りでこちらへやって来る。春泉の身体をそっと床に横たえ、静かに上から覆い被さろうとした秀龍の傍に寄ってくると、ニャアと嗄れた声で啼く。
 まだ四歳の猫なので、けして年寄りではないのだが、どうも小虎はここのところ、元気がない。三度の食事もこれまでなら残さず平らげるのに、今は見向きもしないほど落ち込んでいる。
 春泉が皇氏に嫁いできた当初の新婚時代、秀龍は小虎を〝春泉の護衛騎士〟と呼んだ。というのも、当時、春泉は初恋の男光王の面影をまだ忘れ切ってはいなかったし、不仲の両親を見て育った影響で、秀龍を良人として受け容れることが心身共にできなかった。 
 そして、春泉への恋情を持て余した秀龍が暴走して一線を越えそうになる度、この忠義の猫は秀龍の前に飛び出し、果敢に女主人を守ろうとしたのだ。
 春泉を庇った小虎に顔中ひっかかれ、擦り傷だらけになったことも一度ではない。そのお陰で、義禁府のきっての剣士と謳われる武官の彼が猫一匹に近寄るのにも、おっかなびっくりという時代もあったのだ。
 しかし、今では秀龍も慣れたもので、小虎の扱いも大分上手くなってきた。それに、小虎の方も春泉と秀龍が名実共に結ばれてからというものは、曲がりなりにも秀龍を〝春泉の良人〟として渋々認めているらしく、秀龍が春泉に触れても歯を剝いて威嚇することはなくなった。
「おい、邪魔だ」
 傍に寄ってきた小虎にぞんざいな声を投げると、秀龍の下にいる春泉が言った。

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