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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第12章 騒動の種

 これまでは乳母のオクタンは春泉の外出に協力的だったのに、今頃は
―これまでとは、もう、お立場が違うのですから。若奥さまもそろそろ皇氏のご嫡子、跡取りの奥さまだということをご自覚なさって、それにふさわしい行動を心がけるようになされませ。
 などと言い出して、逆に、春泉がお忍びで出かけようとすると、秀龍に言いつけかねない有り様だ。
 だから、今日は、オクタンの眼もごまかして、屋敷から出てきたというわけだ。優しい乳母を心配させるのは気が進まないけれど、オクタンの言うように一生涯、屋敷の奥深く閉じこもって暮らすつもりは毛頭ない春泉である。
 と、春泉の中でふっと、ある言葉が甦った。
―それにしても、よく来られたね。っていうか、あの兄貴が奥さんを外に出した方が意外だけど。
 あれは誰の言葉だったか、そう、ひと月前、翠月楼の傾城香月に逢いにいった日、香月自身が放った言葉だ。
 結婚前、春泉は駕籠の鳥だけにはなりたくないと思っていた。女は一度嫁してしまえば、良人に従い、屋敷の奥に閉じこもって刺繍をしたり、家事をしたり、ただそれだけのために生きねばならない。当時の考え方では、女に存在価値があるのではなく、女は良人の付属物、所有物と見なされることで、初めてその存在意義を持つようになると言った方が正しかった。
 母は父の妻であっても、少しも幸せそうではなく、女から女へと渡り歩く父に対抗するように、若い愛人を作っていた。結婚に何の意味があるのだろうと、幼い頃から春泉は家庭を持つこと、家庭そのものに懐疑的だった。
 だからこそ、皇氏に嫁いでも、なかなか秀龍を良人として受け容れられなかった。
 が、秀龍という男を知るにつけ、春泉は、良人が世の男たちとは少し異なる考えを持つことを知った。
 秀龍は、春泉が女だからといって、端からその考えを無視したり、馬鹿にしたりはしない。何でも春泉に相談し、その意見を尊重してくれる。女には発言権のないこの時代には、比較的拓けた考えを持つ人間だ。それは、彼が両班という身分に拘らず、常民(サンミン)や賤民(チヨンミン)と呼ばれる階層の人々とも対等に接することからでも察せられる。

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