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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第12章 騒動の種

 そんな秀龍でも、やはり、春泉を屋敷に閉じ込めようとする。むろん、それは、春泉がずっと微熱が続いていて、今一つ、風邪が治ったとはいえない状態だからだ。秀龍が我が身を心から案じているからこその配慮だとは判る。
 でも、春泉は子どもでもないし、秀龍の持ち物でもない。ちゃんとした考えと意思を持つ一人の人間なのだから、外出できるかどうかくらいは自分で判断できる。なのに、秀龍はオクタンだけでなく、女中や下男にまで春泉を見張らせ、けして屋敷の外に出さないようにと厳しく言いつけている。
 二、三日前からやっと熱が落ち着いたので、監視も解かれたが、それでも、春泉が庭に出ただけで、さっと下男が近づいてきて、さりげなく少し離れた場所に立って見守っている。春泉がこっそりと屋敷を抜け出さないかと見張っているのは丸分かりだ。春泉としては、自分の行動を逐一見張られているようで、あまり良い気はしない。
 これまで秀龍だけは他の男とは違い、女を家に縛りつける人ではないと思ってきたけれど、やはり、それは間違いだったのだろうか。
 春泉が無意識の中に唇を噛みしめた時、突如として、肩に大きな衝撃を受けた。華奢な身体が揺れ、傾(かし)ぐ。
「危ないッ」
 間一髪、地面に倒れる直前に、辛うじて体勢を整え、無様に転ばずには済んだ。
「何だ、何だ。お嬢さん、一体、この天下の往来でどこに眼をつけて歩いてんだい?」
 春泉の前に立ちはだかった大きな影。春泉は茫然とその影を見上げた。
 赤銅色に陽灼けした大男が仁王立ちになって、立ちはだかっている。
 頭は見事に禿げていて、まるで茹でた蛸そっくりだ。そう思うと、こんなときなのに、ひとりでに笑いが込み上げてきた。
「おい、女だと思って下手に出てやってたら、俺を舐めてるのか? 人にぶつかっといて、思い出し笑いなんかしやがって」
 男の顔が更に朱に染まった。
 そこで、春泉は漸く男が何ものかを思い出した。確かにどこかで見た顔だと思ったのだが、今いち思い出せなかったのである。
 男は大道芸人だった。この辺りでは少しは名の知れた一座の親方で、本名は知らないが、火を噴く大男、その名も火(ブル)龍(ロン)という通り名で派手な芸を辻で披露して喝采を浴びている。
「ごめんなさい、ついぼんやりとしていたもので」

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