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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第12章 騒動の種

 それでも、春泉は素直に謝った。結婚前の勝ち気な彼女なら到底、自分から謝ったりはしないが、今は昔の彼女とは違う。
 しかも、確かに物想いに耽りながら、この人混みにぼんやりと突っ立っていたのは自分の方だから、非はこちらにあると思ったのだ。
「フン、やけに素直じゃねえか。まあ、良いやと言ってやりてえところだが、生憎と俺も仲間と喧嘩してむしゃくしゃしてたところでね。何か、こう憂さ晴らしがしてえと思ってたところなんだ」
 大男の視線が吸い寄せられるように動き、春泉の口許でピタリと止まった。
 薄紅の艶めかしい唇が小さく開き、紅い舌がチロリと覗く。むろん、春泉自身は無意識の中にした仕種だ。素直に謝れば、向こうもあっさりと引くだろうと思っていた予想が外れ、春泉としては当惑したのだ。
「あんた、俺を誘ってるのか?」
 え、と、春泉は眼を見開いた。
 大男の言葉の意味を計りかねた。
「マ、良いさ。来いよ、たっぷりと愉しませてやるからさ。どうせ、なよなよとした両班の亭主に飽きて、屋敷から抜け出して男漁りでもしてたんだろ」
 いきなり腕を掴まれ、春泉は悲鳴を上げた。
「痛い、何をするの?」
「何だ、自分から色目を使っておいて、今更、貞淑な女面してカマトトぶるのか?」
 鼻の下を伸ばした大男が掴んだ腕に力を込める。そのまま荷物のように肩に担ぎ上げられ、春泉は悲痛な声を上げた。
「いやっ、何をするのっ。放して、放しなさい」
 春泉は渾身の力で暴れた。幾らか弱い女でも、力一杯両手脚を振り回されたのでは堪らない。
「こいつ」
 大男が春泉を殴ろうと、拳を繰り出したまさにその時、脇から鋭い一撃が飛んできて、大男は吹っ飛んだ。
 弾みで春泉の身体が脇へと投げ出された。
 春泉と大男の回りには、いつしか人だかりができ、物見高い野次馬が取り巻いている。
「良い歳をしたおっさんが若い娘一人相手に暴力沙汰なんざ、頂けないなあ」
 しつこく春泉に近寄ろうする大男の前に、スと立った男がいた。
 新たな闘い手の登場に、野次馬たちから低いどよめきが洩れる。
「何だ何だ、お前は。若造がしゃしゃり出てくる幕じゃねえ。痛い目を見ない中にすっこんでろ」

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