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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第12章 騒動の種

「まさか。幾ら何でも、君に絡んできたくらいで、殺しはしない。でも、ちょっと質の悪い奴のようだから、しばらくは好き放題できないようにしてやった。投げ飛ばしただけだから、一、二ヵ月は自由に動けないかもね。マ、春泉が心配するには及ばないよ。後遺症が残ったり、辻芸ができないような下手な真似はしてないからさ」
 怖ろしいことを、さらりと言う。
「もっとも、春泉に本当に手を出していたら、殺してたかもね。いや、そうなれば、俺が殺す前に、兄貴が血相変えて飛んできて、あいつを殺すだろうよ」
 ますます物騒な言葉に、春泉は蒼褪めた。
「香月って、結構、怖い人だったりするんですね」
 その言葉に、香月が声を上げて笑う。
「今頃、気づいたの? でも、男って、皆、そうだと思うよ。惚れた女を守るためなら、人殺しだってやっちゃうようなところは誰だって、あるかもね。ところで、春泉。俺のこと、香月って呼ぶのは止めてくれよ。特に、今日はこんな格好してるんだからさ」
 その言葉で、春泉は改めて香月の姿をまじまじと見つめる。
 鐔の広い帽子に、顎の部分には珊瑚と思しき玉を連ねた飾り、更に落ち着いた紺色のパジチョゴリを纏うそのすっきりとした立ち姿はどう見ても、良家の―両班の若さま然としている。
 そういえば、と、春泉は今更ながらに思い出した。確か香月こと申英真は世が世ならば、右議政の子息であったと。彼の父が失脚することなく健在であれば、今頃は、彼もまたそれなりの官職についていたことだろう。
 だからこそのこの気品のある物腰なのか、と、春泉は改めて香月、いや英真の本来の姿を見つめた。女装も傾城の名を欲しいままにする艶やかなものだが、本来の男のなりに戻っても、十分すぎるほど美しい。
 すっと切れ上がった涼しげな眼許にはほのかな色香が溢れ、均整の取れたしなやかで逞しい身体は、妓生の姿をして華やかなチマチョゴリを着ているところからはおよそ想像もできない。
 漆黒の闇夜にひっそりと浮かび上がる夜桜の妖しさ―、やはり、こうして本来の男姿に戻ってみると、光王に雰囲気がよく似ている。
 現とは思えない超絶美形という外見だけでなく、少し人を喰ったような物言いも、世の中を斜に見ているようなところも不思議と共通しているのだ。

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