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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第12章 騒動の種

 やはり、幼い頃から世間の荒波に呑まれ、沈みそうになりながら幾度もかいくぐり抜けてきた育ちがそうさせたのだろうか。考えてみれば、秀龍は皇氏という名門に生まれ、両班の子息として何不自由なく育った、言わば坊ちゃんだ。
 香月は皇氏を凌ぐ上流の家門に生まれながらも、怖ろしい陰謀によって父を喪い、残った家族までもがその犠牲となった。途中までは秀龍と香月の歩む道はほぼ同じだったのに、ある時点を境に二人の世界は大きく隔たった。むろん、生まれながらの性格というものが大きく関与しているには違いないが、二人の育った世界の相違が、秀龍と香月の纏う雰囲気を決定的に異なるものにしている。
「何だか、別人みたいですね」
 春泉の視線に、香月―英真は照れたように笑う。
「そう? 女装も好きだけどね。何しろ、そのためにこの世界に入ったようなものだから。でもさ、時々、こんな格好もしないと、判らなくなるんだよ、俺。本当は自分が男なのか女なのか。いや、申英真なのか、傾城香月なのか―、つまるところ、自分はどこの誰なのかって、混乱してしまうんだ」
 ややあって、英真が春泉を物言いたげに見つめた。
「こんなことを言ったら、春泉も俺って、どこかおかしいんじゃないかって思うんじゃない?」
 春泉は小首を傾げた。
「何故ですか? 別に少しもおかしくはないですよ。私ね、香―、ううん、英真さまの気持ちも何となく判るような気がするんです。天下の名妓と呼ばれる傾城香月が実は男性だったと知って、私はまず愕きました。でも、秀龍さまから色々と事情をお聞きした時、もしかしたら、英真さまは生まれ変わりたかったのかもしれないと思ったのです」
「生まれ変わりたかった? ―この俺が?」
「ええ。違っていたら、ごめんなさい。これはあくまでも、私が勝手に想像したことだから、お気を悪くしないで下さいね。ただ、秀龍さまからあなたのお話を聞かされた時、そんな風に思ったのは事実です。色々とあって、とても哀しい想いをなさったから、きっと英真さまは今までの哀しくて辛い過去を棄てて、新しい自分として第一歩を踏み出したかったのではないかと考えました」
「だから、俺が妓生になったと思ったのか? 男ではなく、女として生きる道を選んだと?」

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