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淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第12章 騒動の種

「はい」
 春泉は小さく頷いた。
「誰でもできることではありません。英真さまは勇気のある方なのだと思います」
「勇気、か。そんな風に言ってくれたのは春泉が初めてだよ。兄貴でさえ、いまだに俺の生き方を認めてくれちゃいない。マ、それも当然だけどね」
 話している中に、いつしか二人は小さな露店が道の両脇に居並ぶ界隈に脚を踏み入れていた。
 良い匂いのする蒸し饅頭を売る店、鶏(かしわ)屋、帽子屋、扇子屋、様々な店が所狭しと居並んでいる。
 ふと春泉の歩みが止まった。小間物屋の店先には、低い台の上に色々な品が並んでいる。その中には見た目も鮮やかなノリゲがあった。
 春泉が見つめていたのは、薄紫の蝶を象ったノリゲである。薄紫(アメ)の玉(ジスト)が連なった房飾りもついていて、町の露店で商うにしては少々高めの品だ。
「それ、買ってやろうか?」
「え?」
 春泉は弾かれたように顔を上げ、英真を見上げた。
「欲しいのなら、買ってやるよ」
「そんなわけにはいきません」
 春泉は即座に首を振る。秀龍と英真が幾ら兄弟も同然の仲だからといって、自分が英真から宝飾品を買って貰ういわれはない。
「遠慮しなくて良い」
 英真は事もなげに言い、店番の若者に気軽に声をかけた。
「このノリゲをくれないか?」
「あいよ」
 英真や春泉とさして歳の違(たが)わぬ若者が無造作に蝶のノリゲを掴み、英真に渡す。英真は袖から出した巾着から金を出し、若者の手に落とした。
「はい、どうぞ」
 差し出されたノリゲをどうしたら良いか判らなくて、一旦は受け取ったものの、やはり気が引けた。
「これは、やっぱり、お返しします。秀龍さまもご存じないのに、頂くわけにはいきません」
 英真が春泉をチラリと見た。切れ長の双眸には何とも形容しがたい光が宿っている。

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