テキストサイズ

淫らな死体~お嬢さま春泉の秘密~④

第13章 陽溜まりの猫

「お頭、香(ヒヤン)淑(スク)をまた章吉(ジヤンギル)が苛めたんだよ」
 香淑はハンスと同じ八歳、章吉は五つ上の十二歳である。章吉は年嵩ということもあり、〝家〟での大将的な立場だ。根は悪くない子なのに、態度や言葉遣いが粗暴で、誤解され易い傾向があった。
「それは良くないな。男たる者は、日頃からか弱い女人を守らねばならないとあれほど言い聞かせているのに、あまつさえ苛めるとは、けしからん」
 秀龍は早速、章吉と香淑を呼んで詳しい事情を各々三人から聞いた。
「だって、香淑はのろまなんだぜ。飯炊きをさせても掃除をさせても、女の癖に、下手でやんの」
 と、章吉は少しも悪びれる様子はなく、むしろ憎々しげに言った。
 孤児院では、食事の支度や掃除は年長の子どもたちが作る。子どもたちの世話をする世話役の中年夫婦が近くから通ってきているが、基本的には子どもだけで生活している。
 むろん、香淑のような年端のゆかない子たちも手伝いはした。
「ここにいる皆は、縁あって共に暮らすことになった、いわば血は繋がっていないが、同胞(はらから)のようなものだ。お前は〝家〟では年長ゆえ、年下の者を庇ってやらねばならない。香淑が料理や掃除が下手なら、下手だと詰る前に、お前が教えてやれ。今度、こんなことで苛めたら、ただでは済まないぞ」
「ヘッ、判ったよ。鞭で打ちたけりゃ、好きなだけ打てば良いや」
 むろん、秀龍は子どもたちが悪戯をしたときは厳しく叱るが、鞭で打ったりしたことは一度たりともない。
 章吉はベエーと舌を出して、謝りもせずに走っていった。
 育ち盛り、悪戯好きの子どもが十人も寄れば、日々、取っ組み合いの喧嘩や泣き喚く声は絶えない。
 秀龍は小さく息を吐き、香淑の頭を撫でた。
「章吉は口ではああ言ったが、自分の行いが正しくはなかったと、ちゃんと自覚している。もう二度と同じことは繰り返さないさ」
 章吉は利口な子だ。けして乱暴なだけの愚か者ではないし、優しさも持ち合わせている。秀龍の言ったことも恐らくは理解できている。ただ素直ではないから、相手に対して自分の非を認めて謝るといったことができないのだ。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ